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Greece

Greece–Turkey 40-Day Journey / Day 27 またパンをいただいた  今日も良い天気だ。洗濯をして、外出した。26日のフェリーを取ったのに、初日に宿のレセプションブックに「Leave on 25」と書いた気がして、奥さんに「26日に発つから」と言い直した。  宿を出ると、日曜日の礼拝がちょうど終わったところだったみたいで、宿のすぐ近くの教会から人がぞろぞろと出てきた。みんなパンをたくさん持っている。通りすがりのおじさんに「カリメーラ!(おはよう)」と挨拶すると、ニコッと笑って、手にしていたパンを1つくれた。シナモン風味の美味しいパンだった。  今日も良い天気だ。洗濯をして、外出した。26日のフェリーを取ったのに、初日に宿のレセプションブックに「Leave on 25」と書いた気がして、奥さんに「26日に発つから」と言い直した。  今日は旧市街の中にある考古学博物館に行こうかと思ったんだけど、日曜日でも入場料がタダにならないみたいなので、なんとなく興醒めしてやめてしまった。 21年後の補足 当時のギリシャでは、11月〜3月は毎週日曜日が無料だったものの、4月〜10月は無料になるのは毎月第1日曜日だけだったらしい。この日は4月24日。 普通に有料の日だった。博物館は何も悪くない。 石造りの旧市街を凛々しく巡回するギリシャの騎馬警察「レンジャーズ」 街角に停まったスクーターの足元に、モフモフがすっぽり。 写真を撮る一日  この考古学博物館は、騎士団によって建てられた病院を利用している。ここにある、片膝をついて両手で長い髪を持ち上げている姿で有名なアフロディテ像は見ておきたかったんだけど、それしか見るべきものがなさそうだし……。考古学博物館にはアテネとクレタで行こうと思っているので、今回は節約。  そうすると、本当にやることがなくなってきた。節約さえしなきゃ、バスでリンドスまで足を延ばして、アクロポリスを見たいところだけれど。リンドスはロドスの古代3大都市の一つで、その3都市の中で、今も同じ場所に町が残っている唯一の場所。 太陽神ヘリオスの孫の名前が町の名前になっているそうだ。こういう話はなんだか好き。  悩んだ結果、結局今日はロドスの写真を撮ってまわって過ごすことにした。 21年後の補足 この旅では「できるだけお金を使わない」ことに妙な達成感を覚えていて、結局、帰国する頃には旅費がかなり余っていた。 リンドスに行きたかったのなら、行けばよかったのだ。 旅費は余らせるために持ってきたんじゃない。 21年後の今なら、迷わずバスに乗る。 エーゲ海の風をまとい、次の出港を待つヨットたち 港の防波堤沿いに並ぶ風車。かつては船から降ろした穀物をここで挽いていたという。 青いエーゲ海に向かって気高く立つシカの姿が印象的。 島を守ったのは我々である、という主張 21年後の未回収事案 ロドス島(ロードス島)のシンボルは「シカ(鹿)」で、ロードス島のマンドラキ港の入り口に佇む細い2本の石柱と、その上にリアルなサイズ感の「雄鹿(エレフォス)」と「雌鹿(エレフィーナ)」のブロンズ像が立っている。 なぜ鹿がロドスのシンボルなのか。 ロードス島には古くからダマジカが生息している ヘビ退治の伝説 中世の十字軍(聖ヨハネ騎士団)が島にやってきた際、大量にいたヘビを駆除するためにシカを連れてきたという伝承もある。蛇は鹿の匂いが嫌でいなくなったとか、文字通り消えてなくなった、とか。 毒蛇をやっつけたのは実は猫である、説とか。 結論!「Dama dama(ダマダマ)」という名前は可愛い! ニュータウン  新市街に出ると、シャンパンゴールドの日産マーチ(「MICRA(マイクラ)」と書いてある)を発見。このマーチの色ってないよなぁと思いながら、車体に書かれた「RENT A CAR」の文字を見て、「あ、これがレンタカーか!」と妙に納得した。それまで「レンタカー」という言葉の由来なんて、考えたこともなかった。  お昼は昨日行った「GOODY'S」でサラダバー(€4)に挑戦した。山盛りサラダを食べて、緑のモノを補給。これで倒れないだろう(笑)。パプリカが信じられないくらい美味しい。日本では彩り程度のイメージがあるパプリカだけど、こっちのパプリカはしっかりとした甘味がある。オリーブとフェタは生野菜によく合うなぁ……。 シャンパンゴールドカラーのマーチ改め「MICRA(マイクラ)」 ポップなカラーの椅子が並ぶ地元のカジュアルなファストフード店 笑顔でソフトクリーム増量  おじさんにソフトクリームのミックスを最高の笑顔でお願いすると、ものすごくたくさん絞ってくれた。前に買っていったおばちゃんの1.5倍はある!  例のごとく、自分で写真を撮りながら食べていると、通りすがりの老夫婦に笑われた。  それから海の方へ向かうと、カジノ・ロドスの裏の海でモーターボートのレースがあっていて、人だかりができていた。カジノの庭から映画みたいな実況中継がガンガン入るので、面白くてしばらく塀に座って見学。アジア人が誰もいないので、レースよりも私の方が注目されていた。  今日は日曜日だけど、ロドスでは店はまぁまぁ開いている。だけどシエスタは、大きなスーパーでさえきっちり取る。14時すぎに牛乳を買いにロドスで一番大きなスーパーに行ったら、ちょうどレジを閉めているところだった……。  宿に戻ってきたら、部屋が綺麗になっていた。毎日シーツとタオルを換えてくれて、とても良い宿だ。あとは小さなアリさえいなければ……。花がたくさんあるせいか、花アリみたいな極小のアリがいる。殺虫剤がないので、虫よけスプレーでだいぶやっつけた。でもまだ時々いるので、地味にカットバンで貼り付けて退治している。 ニュータウンで人気のベーカリー 最高の笑顔で1.5倍盛りをゲット Location ■ニュータウン観光案内所 Rhodes New TownAverof Street, Mandraki, Rhodes 85131, GREECE

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Greece–Turkey 40-Day Journey / Day 26 朝は洗濯  朝早起きして、まず洗濯をした。今泊まっている宿は、屋上に洗濯物を干せるので助かる。やっぱりお日さまの下で乾かした方が気持ちが良いものね。天気が良いのですぐに乾くだろう。  洗濯物を干し終わってから、古代ロドスのアクロポリス・スミス山に向かって出発。バスも出ているけど、住宅地を抜けて徒歩で行くことにした。この辺りはリゾートでも観光地でもなくて、普通の住宅地なので静かだ。  ロドス島は太陽神ヘリオスの島なので、「太陽と薔薇の島」と呼ばれている。その呼び名の通り、こっちに来て晴天じゃない日なんてないんじゃないかと思うくらい、毎日空が抜けるように青い。なのに、新市街にはいくつもオシャレな雨傘の専門店があったりする。いつ使うんだろう? 21年後の補足 ロードス島は「太陽の島」と呼ばれ、年間300日くらいは晴天なのだそうで、実際この滞在期間中は全く雨が降らなかったのに、ニュータウンにはなぜか傘専門店が多くて、「いつ使うんだろう?」と不思議に思っていた。 21年後、写真を見返して気づいた。この店は「Kalafatas Umbrellas」という傘店で、「ここで傘を買うと、いつか再びロドスへ戻って来られる」という素敵なジンクスがあるらしい。 ・・・買えばよかった。 ニュータウンの傘専門店 綺麗なにゃんこ スミス山  ゆるい登り坂を登っていくと、大きな円柱が見えてきた。ロドスのアクロポリスにある、アポロン神殿だ。神殿の麓には馬蹄形のスタジアムと小さな劇場跡があり、オリーブの木や野の花が一面に広がっている。観光客よりも地元の人が散歩に来るようなところで、おじいさんとおばあさんが古代スタジアムでランニングしていた。  アポロンは円柱が少し残っているだけなんだけど、ここからの景色はまさに絶景。ロドスの街と海が見渡せる。これでもかというほどのエーゲ海の青さに感動! 恐竜の親戚みたいなトカゲもいた。  アポロン神殿の上の道を2つほど渡ってみると、突き当たりが絶壁になっていて、目の前がドーーンと海! すごく綺麗!! 沖縄とはまた違った青さだ。天気が良いので、海の向こうに島が見える。崖に座って、しばらく景色を眺めた。 スミス山の古代スタジアムは地元の人のお散歩コース 美しいカーブを描いた石造りの観客席。 自然と歴史がそのまま残る素朴な景色 重厚な中世の石壁を背に咲くスミス山の頂に佇むアポロ・ピティオス神殿の遺跡 恐竜の親戚みたいなトカゲ 地中海の春の象徴「ユダの木(セイヨウハナズオウ)」春のスミス山は花がいっぱい。 ロドス市街の住宅街とエーゲ海 スミス山の高台で見かけた、のどかな放牧の風景 イアソス(Ialyssos)方面へと続くロングビーチのパノラマ ホットサンドとビーチ  そろそろお腹がすいてきたので、ぼちぼちロドス市街へ戻ることにした。ファストフード店が軒を連ねる通りでピザ屋を覗くと、ショーケースにいろんなホットサンドやピザが並んでいて、美味しそう!  野菜がたっぷり入ったホットサンドを1つ注文すると、その場で焼いてくれた。おいしーー! 店の前に並べてあるテーブルを使って良いとのことなので、現地の若いモンを眺めながら食べた。  ギリシャの女の子は、お昼をサラダだけで済ませている人もよく見かける。だよねぇ。ベーカリーはほとんどがパイやドーナツばっかりだし、ピタはお肉がたっぷりで油っぽいし、こんなものを毎日食べてたら太るでしょう。スレンダーな女性が多いのは、このへんの意識の違いなのかな……。  お昼を済ませて、ビーチへと向かった。海岸には今日も水着で肌を焼いている人がたくさんいる。私にはまだ肌寒く感じられるんだけどなぁ……。片や長袖シャツの上からジャンパーを着ている人、片やトップレスで砂浜に寝転がる人。体感温度が違うのか?。 かわいいホッとサンド えっと、寒くないですか? アイスクリーム  それにしても、ヨーロッパ人って太ってようが、腹が出ていようがお構いなしで、お腹が見える服を着る。「いいのか、その肉!?」具合は、日本ではちょっと考えられない。でもやっぱり比べてみると、日本の女の子は細いだけで、貧弱だなあと思う。  それから水族館に行こうと思ったんだけど、なんだか入口が廃墟のようになっていたのでやめた(それでもオープンしているようだった)。  旧市街へ戻り、お気に入りのアイスクリーム屋でオレンジ&チョコレートのアイスクリームを買って、本日の散策終了。  5日もロドスにいることにしているので、だんだんヒマになってきた。のんびりできない性格は、こういう時に困る。ノートPCでもあれば、ばんばんホームページを作るのになぁ。次に長期旅行をする時は、必須物品に入れておこう。 オレンジ&チョコレートのアイスクリーム Location ■スミス山Acropolis of RhodesDiagoridon 68, Rodos 851 00, Greece

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Greece–Turkey 40-Day Journey / Day 25 旧市街の朝  朝、とても気持ち良く起床。ベッドの横に大きな窓があるので、とても気分が良い。オレンジとパンを食べて、グランド・マスターの宮殿に向かって出発。町はまだ静かだ。  ロドスは路地が良い。パン屋の横を通りかかると、前掛けをした大きなおじさんが、片手に子猫をわしづかみにして、納屋の裏に移動させていた。表にいたら危ないからかな。なんだかジブリ映画みたい。 光が差し込む宿の部屋 宿の前に集まる猫たち グランド・マスターの宮殿  グランド・マスターの宮殿に繋がるイポトン通り(別名・騎士団通り)は、ゆるやかな坂道で、とても雰囲気があるのだけど、常に観光客の団体がいて、まるで絵にならない。朝9時に来てみても、やっぱり団体さんがいた。  グランド・マスターの宮殿に到着。大きな四角い石を積み上げて造られた、質実剛健な建物だ。きらびやかな装飾はないけれど、すごくかっこいい。  明かりを灯す燭台は、一部屋ごとに違った花のモチーフになっている。第一次世界大戦後、イタリア統治時代にはムッソリーニのための別荘として整備されたのだそう。床にはたくさんのモザイク画が残っていたし、ラオコーン像は生々しいほど迫力がある。  個人的には廊下や階段がツボ。いつでも敵の襲来に備えていたのだろう。飾りもなく広々として、天井が高い。 ロードス島の中世都市・騎士団通り 騎士団長宮殿の2階回廊。かつての聖ヨハネ騎士団の権威が漂う重厚な石壁と美しい連続アーチ 『グランドマスターの宮殿』の堂々たる正面玄関。 重厚な中世の石壁を背に咲く春の藤の花 植木鉢が並ぶ宮殿内の美しい石階段 花や植物を模した優美なアイアンの壁掛け燭台 重厚感あふれる石造りの大階段 宮殿の床に広がる古代ローマ時代のモザイク画 ランチとショッピング  お昼頃、ランチにしようと思って、昨日地元の子で賑わっていたファストフード店「GOODY’S」に行ってみた。ピタやハンバーガー、サンド、ポテト、サラダバー、ジュースなどがあった。ナスが入ったサンドとスプライトを頼んだ。  ドリンクが間違えてコーラになっていたので「これ違うよー」と言うと、「あー、問題ないよ」と言って、すぐに替えてくれた。  席に座って食べていると、楽器を持った男の子が、歌を歌うからお金をくれと声をかけてきたり、女の子が犬の人形をたくさんカゴに入れて、買わないかと言ってきたりする。こういう風景は、日本では見られない。  それからスーパーに寄って、パンテーンのシャンプー+コンディショナーを買った。日本でもお馴染みのブランドだけど、種類がいろいろあって面白い。ちなみにパンテーンは11種類もあった。  美容液やボディクリームなんかには、ハイドロキノンやレチノール配合で、シミやシワに効きそうなモノがある。しかも、びっくりするくらい安い……。スーパーが宝箱に見えてきた。  1時間半くらい、いろんな物を手に取って感心しては棚に戻しながら、いつかこういう買い物メインで来たいなぁと思ったりした。  それから、ずらりと並んだお土産屋の一つで、お土産用に荷物にならない小さな絵を数枚買った。 ハチミツ、オリーブの瓶詰め、大理石のチェス……。全部重すぎる! ロード・オブ・ザ・リングのチェスセットを見かけた。ホビットがポーンで、最前列。フロドは何だったんだろう。あいつは果たしてポーンなのか、キングなのか……。€60の立派なやつだった。 21年後の考察 21年間放置していた「フロドは何の駒だったのか」問題について、改めて考えてみた。 フロドは本人の戦闘力だけならポーンだけど、「一つの指輪」を持っている以上、敵に取られたらほぼ世界終了。つまりキング。 クイーンは文句なしにガラドリエルの奥方。 そしてサムは、最初はごく普通の庭師=ポーンなのだけど、盤面の最奥まで進んだポーンはクイーンに昇格できるらしい。 ホビット庄を出て、モルドールの最奥までたどり着き、最後には動けなくなったキングまで背負って進む。 あれ、……サム、クイーンじゃない? なお、映画版を見たら、アルウェンは前衛に置きたい。 21年経っても、特に役に立たないことばかり真剣に考えている。 ナスのサンド パンテーンのシャンプー&コンディショナー チンチョンチャン  ロドスに来て、何度か通りすがりの男の子に「チンチョンチャン」と言われて、ちょっとだけムッとしている。 3度目の時、文句を言ってやろうかと思ったけど、相手は子供だぞ、と落ち着いて「それは何?」と聞いてみた。中国人や日本人、韓国人を指す言葉なのだそうだ。だいたいそんなことだろうとは思っていたけどね。 中学生くらいの歳頃の男の子たちに「日本語で I love you って言ってよ」と言われたので、「え? 愛してる?」と言うと、 “Oh! Do you love me?” と、ひょうきんに笑っていた。 少なくとも目の前で笑っている少年たちの「チンチョンチャン」には悪気なんて全くないのだ。 Location ■グランドマスターの宮殿Palace of the Grand MasterIppoton, Rhodes Town 85100, Greece

Greece

Greece–Turkey 40-Day Journey / Day 24 船でロドスへ  朝5時半に起きて、6時半過ぎに宿を出た。出国手続きがあるので、8時までに必ず来いと言われていたのだ。ロドス行きのフェリーが出る港までは、荷物を背負った状態なら歩いて30分くらいかかる。  7時に港に着いた。敷地内には、人っ子一人いない。フェンスの向こうを、犬の散歩をしているおじさんが通っているくらいだ。あと30分もすれば人が来て、手続きをしてくれるだろうと思い、ベンチに座ってiPodで音楽を聴きながら時間を潰した。  7時半を過ぎて、カナダ人らしきバックパッカーの男の子が二人現れた。でも港の職員は誰一人としてやって来ない。  8時5分前。ようやくぱらぱらと職員がやって来て、準備を始めた。トルコ人に30分前出勤とか、そんなことをする人はいないのかもしれない。そして来てまずやることは、コーヒーを飲むことだ。 コーヒーでくつろぐ職員に船の予約の紙を見せると、「あぁ、ちょっと待ってね」と、すぐに私の名前が入ったボーダーカードが出て来た。ありがとう、エルマン! その場で€40を支払って、発券完了。  8時近くになって、ゾロゾロとヨーロッパからの団体さんがバスでやって来た。一緒に並んで出国手続きをした。パスポートコントロールの前に、飛行機みたいに荷物を流して機械に通すんだけど、私のナイフには反応しなかった。 大丈夫なのか?? ナイフと共に乗船(笑) 船の甲板から見るマルマリスはとても綺麗だった。 トルコではいろんな思い出ができた。貴重な体験もした。トルコ人の日本人好きにはかなり参ったけど、また来たいと思う国だった。トルコで出会った人たちの温かい笑顔を思い出しながら、船の窓から景色を眺めた。 もう使えなくなってしまうトルコリラで、たっぷり入ったコーヒーを買った。ナイスチョイス。 ロドス行きチケット販売所 マルマリス〜ロドスの高速フェリー ロドス到着  9時に出港して、なんと10時にロドスに着いた。 これで€40(5,600円)は高すぎる!  ともあれ、ロドスが見えた瞬間からわくわくした。いきなりドーンと城壁が見えてきたのだ。騎士の街は、まるでゲームの世界みたい。 早く街を探検したかったのだけど、とりあえず港から家に電話をした。それほど大きくはなかったようだがまた地震があったらしい。あと10年、20年もすれば、日本は海の底に沈んでしまっているかもしれない、などと思う。そしたら何処に移住しようかな……。 電話を終えて、ピレウスへの船を確かめるため、港の近くに並ぶ旅行会社を訪ねた。ピレウスへの便は、ほぼ毎日あるらしい。 友達との待ち合わせは28日。ロドスには長居したい気がしたので、26日の夜行の船を取ってもらった。一番安い席で€41(5,740円)と、これまた高い。 まぁ、一晩船の中で過ごせるので、宿代が浮くのはせめてもの救いか。14時間の船旅だ。そろそろシーズンに入ってきて、いろんなものの物価が上がりはじめているような気がする。 フェリーから望むロドス島の城壁 ロドス島・マンドラキ港のシンボルシカの像 中世への入り口、ダンボワーズ門 時間が停まったようなハチミツ色の石畳の路地 宿探し  フェリーのチケットも買ったことだし、さっそく宿探し。 ロドスは、城壁に囲まれた中世の姿を残すOLD TOWN(旧市街)と、ビーチリゾートのNEW TOWN(新市街)に分けられる。宿を取るなら旧市街の方が雰囲気がありそうだと思って、最初に見つけた城門から旧市街に入った。 そしてびっくり! なんだこの人の多さは! 見渡す限りの欧米人観光客に、しばし呆然とした。ロドスはギリシャでも屈指の観光地で、トルコからの日帰り観光客もやって来る。ここはすでに観光シーズンを迎えているみたい。でもアジア人は一人もいない。 お土産屋やレストランがずらりと並んでいる道を通って、旧市街の奥へ奥へと足を進めた。これだけの観光地とくれば、宿の相場は高いに決まっている。ガイドブックを見ても、ユースホステルでさえ€25~。ユースじゃなければ€40~だそう。 節約の鬼姫の私が、そんな所に泊まるわけにはいかない。 安宿がありそうな、多少不便な奥まった路地に入っていき、何軒か尋ねてみた。この辺りでもやっぱり1泊€40とか€30とか言う。 「5泊したいんだけど、安くなる?」 と聞くと、€25にしてくれた。でもまだ下げたかったので断った。カランバカでは€25の宿に泊まっていたのに、トルコの安さに味をしめてケチになっている。  細い道をきょろきょろしながら歩いていると、路地の奥に宿らしき看板が。 中に入ってみると、なんて可愛い! 今まで泊まったどの部屋よりギリシャっぽい、白と青と緑のこぎれいな部屋だった。バス・トイレ付きだと€35、共同だと€25だと言われたけど、 「もっと安い部屋を探してるの」 とねばると、€22にしてくれた。 もっと探しても良かったんだけど、宿のマダムの笑顔があまりにも素敵だったので、ここに決めた。宿泊カードを記入していると、このお洒落で可愛いマダムが、紅茶とクッキーを持って来てくれた。 素敵過ぎる宿のマダム 可愛すぎる部屋の鍵 待ちに待ったランドリーへ  部屋に荷物を置いて、今日まずやること。 それは洗濯。 ランドリーにジーパンを洗いに行きたい。ほとんどアウトサイドで過ごした20日間、一度も洗っていないため、履いているだけでなんだか臭いし、ジメっとする! ロドスはランドリーが安いと聞いていたので、この日を待っていたわけ。トルコでは1,200円と言われたところ、こっちでは630円だった。 よっしゃー!呪いが解けた! 臭くない!! ついでにパジャマ代わりのスウェットも洗った。なんだか軽くなった(おいおい)。 それから旧市街をうろうろして、次に城門を出て、新市街にも足を伸ばした。やっぱりギリシャはオシャレだ。新市街は、アメリカンリゾートっぽい雰囲気。海水浴ができる浜まで歩いてみたけど、海はとても綺麗だった。すでに水着で肌を焼いている人や、泳いでいる人がいる。 ATMが見つからず、仕方なく銀行でT/Cを現金に換えたら、次の通りでシティバンクのATMが見つかった。 ド畜生。 大きなスーパーを見つけたので、5日分の食料を買いこんだ。この辺りじゃタベルナも高くて、一人じゃ入れない。友達と合流した時に、ちゃんとしたギリシャ料理を食べに行こう。 それにしても、中世の街のような旧市街は、どの通りも同じように見えて、今日一日歩き回って一度も同じコースを歩けなかった。 (注:私は方向オンチです) 生活する気満々♪ Location ■ロドス旧市街Rhodes Old TownMedieval Town, Rhodes 85100, Greece

Turkey

Greece–Turkey 40-Day Journey / Day 23 なにもしない日  いいよいよトルコ最終日。早めに起きて、8時前に宿を出た。街が騒がしくならないうちに、写真を撮っておきたかった。そこで今日は、静かなところを探して、マルマリスの近郊に出かけることにした。 昨日、関西弁のおじさんと行ったロドスへのフェリー乗り場を通り過ぎて街を抜け出し、湾に沿ってどんどん歩いた。気に入った景色が見つかると、立ち止まって写真を撮ったり、時々海辺に降りて石の上に座ったりして、景色を眺めた。 マルマリス朝の港 マストが空を刺すマルマリスの彩り お城へ続くノスタルジックな裏路地は建物の構造がとにかくユニーク 路地裏の不思議。古びたマットレスと子猫 これぞ一人旅の醍醐味。気ままなお散歩  iPodで音楽をがんがん聴きながら歩くのは、この旅に出て初めて。いつもなら、人にものを尋ねたり、情報を集めたりで、耳をふさいでおけないのだけど、今日はもうひたすら歩くだけなので、そんなことは気にしなくて良い。なんとも気が楽だ。  昨日の夜からずっと食べ続けているスピニッチパイを、お弁当代わりに持って来た。あとは水をどこかで仕入れなければ。 1時間半ほど歩いて、ようやく売店が見つかった。水とアイランを購入。おばちゃんが、細かすぎるおつりをガムでも良いかと聞いてきたので、「良いよ」と答えてガムを受け取った。 トルコはご飯は美味しいけど、ガムは美味しくなかった。ガムというよりゴムの味がする。いや、味じゃない。味がしない。 2時間半くらい歩いたら、道の突き当たりがホテルになってしまったので、そろそろ戻ることにした。 途中、海のそばの岩の上に座って、スピニッチパイとアイランで昼ご飯にした。このスピニッチパイだけど、昨日の夕方、パン屋さんで1つ丸ごとじゃ大きすぎたので、切ってもらってグラムで買ったんだけど、まだ食べきれない。昨日の夜から、朝、昼と3食同じモノを食べているのに。 「もったいないお化けが出る」と言われようが、さすがにそろそろ飽きて来た。 今日はのんびりした一日だ。たまにはこういう日も良い。 昼ご飯を済ませた後、また2時間半かけて戻らなきゃならないので、そろそろ街に引き返すことにした。なんたってトイレも無いし。 「何もしない時間」で出会えた小花の絨毯 湾の対岸に先ほどまでいたマリーナのヨット群 安定のアイラン なぜか日本語の先生になる  14時頃、街に戻って来た。帰り道はなんだか早かった。 またしてもレストラン街でカフェのお兄さんに声をかけられたので、「ごめんなさい、お腹いっぱいなのよ」と断ると、「ちょっと待って! 日本人でしょ? 日本語教えて!」と言われた。 『What's your name?(英)/名前はなんですか?(日)/namae wa nandesuka?(読み)』 みたいなあいさつ表をいくつか書いてあげたら、ものすごく喜ばれた。 カフェのオーナーがやって来て「彼女の職業はなんなんだ? 先生か?」と聞くと、周りが「違うみたいだけど、先生みたいなもんだよ」と言っている。 全然違うから。 「日本語の最後は全部『デスカ』なの?」などと聞かれ、「う~ん、そうじゃないのもあるけど、とりあえず今はこれだけ覚えて」と言ってきた。日本語は難しいのです。  それからネットカフェに行こうと歩いていると、自称ムエタイチャンピオンの背の高いおじさんに声をかけられ、自分のメールアドレスを無理矢理押し付けられた。 マルマリスのネットカフェは1時間2YTL(160円)で良心的。でも、すでに10YTL(800円)しか所持金がないので、一心不乱にブログを更新して、急いでネットを終了。 海外の旅先で財布にこれだけしかお金がないのは、自分でもすごいと思う。でも、今からトルコリラを作っても仕方ない。 アーケードの近くをぶらぶらしていると、PTT(郵便局)の近くに大量の公衆電話を発見。トルコ人だってみんな携帯を持ってるにもかかわらず、これでもかと言わんばかりに電話が並んでいる。おもしろい……。 21年後の補足 当時は「こんなに電話ボックスいる?」と思って面白がって撮った一枚。 でも今になって調べてみると、国境を越える旅行者が行き交う港町マルマリスでは、携帯電話の海外利用が今ほど気軽ではなかった時代、公衆電話は旅人が家族や友人と連絡を取るための大切な手段だったらしい。 何気なく撮った写真に、ちゃんと2005年が写っていた。  今日はトルコ最終日なので、スーパーでトルコの地酒・RAKI(ラク)を買った。 「ラクの小さいの置いてる?」と店のおじさんに聞くと、「ラク? お酒だよね? あるけど……」と戸惑われた。 まだ日の高いうちから酒を買おうとするアジア娘は、相当変だったに違いない。おじさん3人に取り囲まれて、「コップもいるだろ、持っていきなよ」「水との割合は1:1だからね」などと、甲斐甲斐しくレクチャーを受けた。 宿に帰って、さっそくラクを試してみることに。水で割ると白く濁って楽しい。 ……のだけど。 強烈な香りはアニスらしい。甘い匂いのするお酒で、つまみをポテトチップスにしたのは間違い。ナッツ類の方が良かった。でもやっぱり苦手かな……。エフェスビールにすればよかった。 アルコール度数は50度だった。 残ったのは2YTL。きっちり使えた。 あと1時間ネットができたなぁ(もういいって)。 明日は早起きして、フェリーで国境を超えて、ギリシャのロドス島へ向かう。 ズラリと並んだ公衆電話は、国境の港町だからこその光景だったのかも トルコの地酒・ラク(Rakı) Location ■マルマリスフェリーターミナルMarmaris FerrySarıana mah, Mustafa Münir Elgin Blv, Günnücek, Marmaris Cruise Port, 48700 Marmaris/Muğla, Turkey

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Greece–Turkey 40-Day Journey / Day 22 パムッカレ→デニズリ→マルマリス  昨日の夜22:30頃、誰かが部屋をノックして、「ツーリストなんだけど、パムッカレについて聞きたい」と言ってきたので、「そんなに良く知らない」とドア越しに答えた。 寝ようと思ったら、さっきの人が変な人だったりして……などと考えて寝つけなくなってしまったので、ナイフを枕元に置いて寝た。 朝起きて、10時前にチェックアウト。今日はデニズリからエーゲ海沿いの港町・マルマリスに向かう。  10:20 — 旅行会社の前に来いと言われていたので行ったら、エルマンはいなかった。イサさんに見送られてデニズリに向かって出発。エルマンとのり子さんによろしく伝えてもらうように頼んだ。  デニズリのオトガルで、野菜とケバブを巻いたラフマジュンを食べた。美味しかったけど、アイランと合わせて4YTL(320円)。朝ご飯にしては、ちょっと使い過ぎた。  昨日、雨の中を歩いたせいで少し風邪気味なのか、消化不良になり、バスの中で少し気分が悪くなってしまったのだけど、 バスで隣の席になったニライという女の子が、めちゃくちゃフレンドリーで、モスクで唱える歌のようなもの(賛歌みたいな感じかな?)の本を、バスに乗り込んできた物売りのおじさんから買って、私にくれた。ニライがすごく話したそうなので、眠ることができなかった。 4時間ほどで、バスはマルマリスに到着した。 トルコの伝統のファストフード「ラフマジュン」 マルマリス到着  今日は天気が良く、山の上から見るエーゲ海はとても綺麗な青をしていた。山あり、海ありで、とても綺麗な街だ。  宿に入って、ユーロで支払えるかどうか聞くと、オッケーみたいで一安心。 トルコに滞在するのは、今日を含めてあと2日。その後は船でロドスに渡るので、これ以上トルコリラに両替するのもなんだし。 宿に荷物を置いて、ロドス行きのフェリー乗場を見に行くことにした。街の隅っこから歩いても、25分くらいのところにあるらしい。 通りを歩いているだけで、海沿いにずらりと並んだレストランや絨毯屋、陶器屋、その他イロイロから声をかけられて、ちょっとうんざり。 明日から【声かけたら許さん】みたいな貼紙をして歩こうかと、本気で考えたりした。 客引きさえいなければ、道に沿って並ぶボートはカラフルで可愛いし、素敵な街なんだけどなぁ。ゆっくり見て歩きたい……。 トルコ南西部エーゲ海と地中海の交わる美しい港町マルマリス 宇宙飛行士像  海沿いを歩いていると、突如として現れる宇宙飛行士。 なぜマルマリスにNASA……? リゾート地に突如現れたガチ装備の宇宙飛行士像に違和感しかなくて、とりあえず写真だけは撮ったものの、当時はそのまま通り過ぎてしまった。 21年後の補足 ブログを書くために調べてみてびっくり。これはNASAの宇宙飛行士ジェームズ・F・レイリー2世にまつわる記念像だった。レイリーはトルコ国旗とマルマリスのペナントを宇宙へ携行しており、それを記念して建てられたものらしい。 台座には、トルコとアメリカがともに宇宙を探究し、その協力によって世界がより良い場所になることを願う言葉が刻まれている。 ただの「リゾート地に突如現れた違和感しかないガチの宇宙飛行士」だと思って撮った一枚に、こんな秘密があったとは(笑) 21年前の私よ。せめて台座を読め。 NASAの宇宙飛行士ジェームズ・レイリー2世を称えるブロンズ像 デカい猫が突進してくる 関西弁のおじさん  レストラン街の喧騒を通り抜けたところで、自転車に乗ったおじさんに出会った。 やけにニコニコした顔で見られているなぁと思っていると、案の定話しかけてきた。 「日本人? 何しにこんなところまで来たん?」 めちゃくちゃ上手い日本語だ。 「船でロドスに行くの」 と答えると、 「あーね! せやなかったら、あんまりここには日本人来んもんなー」 と、全部日本語なのだ。 この旅で出会ったどの人より日本語が上手い。 しかも……関西弁? ロドスへのフェリー乗場はどこに行けば良いのか尋ねると、おじさんも詳しくは知らないらしい。 「あっちの方やとは思うんやけどなー。着いてってもいい? 勉強になるしな」 と、断りようのないお願いをされて、一緒にフェリー乗場を探すことになった。 「今、仕事ないから、魚釣りばっかしててん」 と、イントネーションまで完璧な関西弁なのが面白い。 ちょうど今は“ツーリスティックホリデー”なんだとか。「この期間はみんな普段の仕事を休んで、観光客を迎えるために街をきれいにするんだよ」と聞いた。 パムッカレで初めて『ツーリスティックホリデー』のことを聞いた時、ホリデーなら休みなのかと尋ねると、そうではなく、通常の仕事を休んで、みんなで観光シーズンの準備をする週になっているのだそう。 いたるところで家の壁を塗り替えたり、リフォームをしたりしているのは、そのためだったんだ。

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Greece–Turkey 40-Day Journey / Day 21 おかしな展開  昨日の夜は、嵐のように風が吹き荒れていて、天気を心配したけど、朝起きてみると、曇ってはいるけど外に出られなくはない天気だった。快晴の青空の下でパムッカレの白い石灰棚を見たかったけど、お天気ばかりはしかたがない。  8:30 — 朝ごはんを調達しに外に出ると、昨日の旅行代理店の店長・イサさんにばったり会った。「おーー!俺のシスターじゃないか」と肩を組まれ、そのままオフィスに連行されて「まぁ茶ぁでも飲んでいきなさい」ということになったので、コーヒーを一杯頂くかと思っていると、奥様ののり子さん(日本人)と、昨日チケットを手配してくれた兄さん・エルマンがやってきて、朝食に混ぜてもらうことになった。思いがけずタダメシ! のり子さんは2年前にイサさんと結婚したのだという。学生時代にトルコを旅行したときに、イサさんにチケットを手配してもらったのが始まりだそうだ。そんなこともあるんだなぁ。 ところでこの旅行会社には、ラムちゃんというヒツジがいた。置き物かと思ったら本物だった。ラムちゃんはオフィスの観葉植物の葉を無心で食べていた。  さて、一般家庭(いや一般オフィスか?)の朝ごはんに混ぜてもらっていると、昨日から同じ宿に泊まっているマッシュとアニエスが、通りからびっくりしたように手を振っていた。そりゃそうだよね、旅行会社で朝ごはん食べてるんだもの。二人が私のところにやってきて、「ここで朝食食べれるの?」と聞かれたので「いやぁ‥‥」と口ごもってしまった。なぜならご馳走になってるのは私だけだと思うから。イサさんとのり子さんは、隣でペンション兼レストランも経営しているのだ。「宿で食べなかったんだ?」と聞くと、食べなかったみたい。のり子さんがやってきたので尋ねてみると、一人4YTLで準備できるとのことだった。マッシュとアニエスはのり子さんのレストランで食べていくことにしたみたい。のり子さんが二人の朝食の準備に出かけた間、3人で出会えた記念に写真を撮ったりした。 ラムちゃん マッシュとアニエス 石灰棚  しばらくして、マッシュたちの朝食の準備ができたようなので、私は二人と別れて、先に石灰棚に向かった。チケットを買おうと売り場に行って、中にいたおじさんに挨拶すると、「日本人?まぁ中に入りなさいよ」と言われたので「いや、いいよ」と断ると、「なんでそんなに神経質なんだ!リラックスなさい!取って食おうってんじゃないんだから!」と言われ、半ば強制的にチケット売り場に座らせられた。たぶん早朝で誰も来ないので、暇だったのだろう。運が悪かった。結局しばらくチャイを飲みながらこのおじさんと語るハメになった。ガイドブックに「他人からもらったものは口にしないように」と注意書きがあるのだけど、2割くらい、どんなにがんばっても断れない場合がある。  「君は仏教徒だろ?いやフリーなのかな。日本人はフリーが多いから。私はイスラムで、他にもカトリックやプロテスタントの人がいるだろう?だけど私は宗教は問題じゃないと思うんだ。大切なのはLOVEだ。そうだろう?」 とおじさんの熱い話を、「はぁ、まぁね」と気のない返事をしながら聞いた。 私としては、マッシュとアニエスがここに来る前になんとしてでもここを抜け出したかった。こんなところを見られたら、『どこにでも居座る日本人』の地位が確定してしまう。 チャイを一気飲みすると、またつぎ足され、もういいと断ると、「私のために飲んでくれ!」とすがられる。 あげく「3時で仕事が終わるから、それからいろんなところを案内してあげよう。それからディナーに行こう。なぜ君と話をしたかったのか解らない。ここに日本人はたくさん来るんだけど、君はとてもかわいいから」ときたもんだ。 「もうトイレに行きたくなったから、行くわ」と言うと、 「じゃぁ100m先にあるから行っておいで。バッグはここに置いておいていいからね」と、解ってくれよ状態。 「私は石灰棚を見て回りたいし、その後も結構忙しくしてるから、ディナーなどには行けません。もう結構です!」 とはっきり言うと、 「そうか、君は私が嫌いなんだ。そうだろう?」 と、典型的なワガママ親父! 私が入場料を払おうとすると、3時に私が戻ってくるまで受け取らないと駄々をこねたので、 "I must pay now!" と言ってお金をたたきつけた。 トルコに入った初日以来、久しぶりに心底うっとうしいと思った。よりによって、入場口の係員がいちばんしつこいとは。  やっとの思いで石灰棚にたどり着けた。曇り空の中、靴を脱いで石灰に流れる水の中を歩いた。ところどころ温水で気持ちがいい。天気が良かったらもっと素敵な風景だっただろう。 曇り空の石灰棚 曇り空でもどこか青く見える自然科学の不思議 石灰棚をバックに♪ とりあえず、入ってみる♪ オタマジャクシ発見♪ ヒエラポリス  石灰棚を楽しんだ後は、紀元前2世紀末に築かれた「聖なる都市」、ヒエラポリスの遺跡を歩き回った。荒涼とした山の斜面に点在する遺跡は広いこと広いこと。その大きさ、重々しさに、過去の栄華への哀愁を感じるすばらしい場所だった。  3時間ほど遺跡を満喫した後、パムッカレ村に戻ることにした。でも、さっきの入り口からは帰りたくない。別の入り口に行って村に行けるかどうか尋ねると、2kmほどあってかなり遠いという。 「2kmくらい平気よ」と歩き去ろうとすると、今度はこっちのおじさんにも「あと10分ほどで私も村の方に行くから、車に乗っていきなさい」 と呼び止められた。なんでもこの辺りには、羊の番をする犬がいて、歩く人など滅多にいないから、襲われるかもしれないので危ないという。 犬かおじさんか‥‥。犬は大丈夫そうな気がしたけど、このおじさんの心配性に負けて、結局村まで送ってもらった。こっちのおじさんは普通の良い人だった。 静寂に包まれた、聖なる都市ヒエラポリス 2000年の時を超えて佇む大劇場 好きすぎて描いたスケッチ(透明水彩) ロカンタでランチ  お腹が空いたので、村で何か食べられるところを探していると、ロカンタの笑顔がかわいいおじさんに声をかけられて、そこに入ることに。そういえばトルコに来て2週間近く経つのに、ちゃんとしたトルコ料理を食べていない。トルコの旅もあとわずかになってきたので、ちょっと贅沢してセットメニューを頼んだ。チョルバにエキメッキ、キョフテ、サラダ、それにチーズが入った揚げ春巻きみたいな「シガラ・ボレキ」から果物まで。どれもとても美味しい。ものすごく食べた。もう夜はいらない。 温かいチョルバと、サクサクのチーズ揚げ春巻き「シガラ・ボレキ」 トルコの王道ローカルフード、キョフテ(トルコ風ハンバーグ) ロカンタのぼうやと エルマン  ランチの後、旅行代理店でインターネットをしていると、例の変な兄さん・エルマンがやってきた。彼はネットで音楽をストリーミングしながら、私に「どこで英語を勉強したの?」と聞いた。 「学校だよ」と答えると、 「えー、ウソー(日本語)」 と返ってきた。 「なんでウソーなのよ?」と 聞くと、 「日本人が学校で英語を勉強してるのは知ってるけど、ほとんどの日本人が喋れないだろ?」と耳に痛いことを言われた。 私の英語だって適当だし、大して上手くない。 「今日は話する時間ある?」と言うので、時計を見てから「今からならいいよ」と答えると、「何時間くれる?」と言う。 「2時間」「えー!」 「じゃぁ3時間!明日の出発の準備をしたいのよ」と言うと 「どんな荷物で来てるんだよ。10分で終わるだろ」と突っ込まれた。 はい、ごもっとも。  エルマンはパムッカレ村からバスで40分ほど行ったところにあるレッドスプリング(温泉)に私を連れて行ってくれようとしていたみたい。だけど雨は降り出すわ、バスは行ってしまうわで、結局時間内に戻れそうにないので、オフィスで話をすることになった。 道中「イサさんはパッパラパー、俺はクルクルパー。君は?」 と、笑わせてもらった。きっとのり子さんからそう言われてるんだろう。 「今朝石灰棚のチケットを買おうとしたら、売り場の人にディナーに誘われたんだよ、まったく‥‥」とぼやくと、 「えー、ウソー(口癖らしい)。君がビューティフルだからだろ?」 と返ってきたので 「そんなことないわよ」と適当に流した。 鏡見たことないのー?それか目が悪いんだ、などとうるさい。コレは、もはやそういうスタンスなんだと思うけど、慣れない私はやっぱり日本人だ。  オフィスに戻り、今度はやけに真面目な話をした。エルマンは第一印象こそだいぶ変だったけれど、実はとても思慮深く、頭の切れる人だった。経済、恋愛、人生観、家族――いろいろなことを話して、初めて等身大のトルコの若者を知ったような気がした。 何にせよコミュニケーションが一番大事だとエルマンは言う。良い付き合いができればその輪はどんどん広がって、仕事にもなるし、自分のためにもなる、と。 結婚については、両親が離婚したこともあって、とても戸惑いがあると言っていた。離れて暮らす両親のことをいつも心配していて、寝る前には必ず「父が元気に過ごしていますように」「母が心安らかでありますように」と祈るのだという。そんな話も、ときどき冗談を交えながら聞かせてくれた。 経済の話になり、私が「日本もあまり良くないよ」と言うと、トルコでは学校を卒業してもなかなか就職できず、仕事を得るために外国語を学び、海外の学校へ入り直さなければならないこともあるのだと、深刻な就職事情を聞かせてくれた。エルマンほど英語が堪能な人でも、観光客相手のアルバイトのような仕事しかないなんて。彼の専攻はコンピューターエンジニアリングだという。いずれ父親のいるフランスへ行き、その後、イギリスかアメリカの大学へ入り直すつもりらしい。 「君のことも話してよ」と言われたけれど、彼の話を聞いた後では、日本で暮らしている自分は何を話しても恵まれているような気がして、何も言えなくなった。  話し込んでいたので気がついた時には21:30。「わぁ!そろそろ戻るわ!」というと、エルマンはまじめな顔でこっちを見て、 「ボーイフレンドがいるのは知ってる。でも怒らないで聞いてよ」と言い出した。 ※当時の私は、旅先で聞かれたときには必ず「2年間付き合っている恋人がいる」と答えることにしていた。そのほうが安全だと思っていたからだ。 "I like you. I really do. You might deny it, but I think you a truly beautiful and wonderful person. So, would you mind emailing me a photo of yourself

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Greece–Turkey 40-Day Journey / Day 20 セルチュクから電車でデニズリへ  今日はセルチュクから電車でデニズリに向う。宿をチェックアウトすると、2日泊まって、1日目の夜においしい夕食までいただいて、18YTL(1440円)だった。良い宿だったなぁ。トルコは滞在費が安くすむのでとても助かる。でもトルコの旅もあとちょっとになってきた。昨日同じ宿に泊まっていた人の話では、パムッカレはあまり見所がないらしい。1泊で充分じゃないかという話だ。だったら早めにマルマリスに移動して、ギリシャに戻るフェリーをチェックしたほうが良いかもしれない。  電車は30分ちょっと遅れてやってきた。たぶんこれが普通なのだ。車内アナウンスはない。停車駅などもどこにも書かれていない。分かっているのは、この電車がデニズリを通るということだけ。 4時間30分くらいで着くらしいので、それまでパンを食べたり寝たりして過ごした。 セルチュクの駅前のパン屋さんは良かった。とても親切で聞くと説明してくれるし、いつもおまけしてくれる。今日はミートパイにしてみた。これもgood! アイランによく合う。トルコに来てから肌がとてもきれいになった。アイラン効果? 若く見られるのは肌の調子が良いからだろう。でも20歳とか22歳は言いすぎだと思う…。  さて、そろそろデニズリのはずなのだが、と思って前の席の男の人に「ここ、デニズリ?」と聞くと「デニズリなの!?」と席から飛び上がられてしまった。 「いや、ごめん、解らないんだけど‥‥」と謝る。かわいい顔の青年で、雰囲気が俳優のキップ・パルデューに似ている。 でも身長は190cm以上ありそうだ。「僕らもデニズリに行くんだ。パムッカレに行くんでしょ?」と彼が聞くので、「うん、そう」と答えた。彼とその彼女と三人で「デニズリにはいつ着くんだろうねぇ…」と話をしていると、近くに座っていたトルコ人のおじさんが「次の駅だよ」と教えてくれて一安心。 パムッカレ村  まもなくデニズリ駅に着いた。待ち構えていた客引きやタクシーを振り払って3人でオトガルまで歩いて行き、そこからパムッカレ村行きのバスに乗った。この二人はフランス人で、彼はマッシュ、彼女はアニエスという。アニエスはとても小柄でかわいらしく、デニムのスカートにタイツなんて履いている。それに比べて私は、そろそろ男装も板についてきたような格好で、大違い(笑) 「宿はまだ決めてないんだ」というと、「一緒に探そうよ」と言ってくれた。見つけた宿は1泊15YTL。彼らはダブル、私はシングルで部屋を決めた。  パムッカレ村はセルチュクの宿で話に聞いていた通り何もない。長居するには少し退屈な村だ。ここの観光の目玉は石灰棚と温泉なのだけど、周辺の観光開発によって温泉水が使われすぎたため、石灰棚を守るために流す湯量が制限されているらしい。時間帯や場所によって意図的に水を止め、限られた温泉水を振り分けているのだそうだ。 観光客は、石灰棚の白とそこに流れる温泉の青がつくる幻想的な風景を楽しみにやって来るっていうのに、ちょっと残念。 石灰棚からパムッカレ村を望む。天気が良くなくて残念! パムッカレ村散策  今日は天気も悪いし、夕方だし、石灰棚には明日行くことにして、パムッカレ村を散策することにした。溝を覗いてみると、流れている水が白い。石灰が混じっているみたい。そして蟻が大きくていかつい。  それから、村の中にいくつかあるロカンタ(食堂)の前を通ると、ガイドブックで有名なムスタファさんのロカンタの人に声をかけられたので、ちょっと早めの夕食にすることにして、お腹に軽そうなチョルバ(スープ)を注文した。トマトベースのスープで中にライスとチキンが入っている。これにエキメッキというトルコパンが付いていて、スープにつけて食べるととてもおいしい。チャイまで付いて2.5YTL(200円)。  それからネットカフェがあったので、「明日使いたいんだけど、1時間いくら?」と中にいたおじさんに聞くと、店の中を見せてくれて「日本語もOKだよ。1時間は3YTLだ」とのこと。イスタンブールより高いけど、仕方ないか。 そのおじさんが「ここの次はどこに行くの?」と聞くので、「マルマリス」と答えたら、「わぉ!おじさん、マルマリス行きのバスの手配もできるよ!」と、旅行代理店もやっているそうだ。 何でも屋なのか、この人は。  バスの値段だけ聞こうと思って、そのおじさんのオフィスを尋ねると、ジャージを着た兄さんがいた。 「あ、君!さっき会ったよね!」 と手を差し出されたので 「そうだっけ?」 と言って握手をした。 「日本人? オーレー、オーレー、マツケンサンバーー」 と歌いながら踊りだしたのでびっくり。 「なんでそんなのを知ってるの!?」 と聞くと、 「実は日本人だからね。いやいやジョークだよ。日本には2回行ったんだ。夢の中でね」 などと、一瞬引いてしまうような、妙なテンションの人だ。 でも悪い人ではないみたい。仕事の話はとてもまじめだった。デニズリ→マルマリスのチケットも、ガイドブックと同じ金額にしてくれたし、マルマリスからロドスへ行く船も調べてくれた。なんとロドス行きは毎日あるそうだ。 ホームページの情報と違う。船の運行会社さん、お願いだからホームページ更新してよ!せっかくなので、ロドス行きの船も予約してもらった。値段は40€(5,600円)と高いけど、出国税なども含まれるので仕方ない。 なんとも予想外に今日の内に先の予定がだいぶ立ってしまった。まぁ良かったのかも。 側溝を流れる水も白い 凶悪そうなアリ 見頃を迎えたハリエンジュ チョルバとエキメッキ Location ■パムッカレPamukkaleAtatürk, Efes Harabeleri, 35920 Selçuk/İzmir,Turkey

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Greece–Turkey 40-Day Journey / Day 19 エフェソス遺跡へ  今日は土曜日なので、宿の前の道にバザールが出た。すごい賑わい!道が全部テントで埋め尽くされている。  朝、パン屋でチーズパイを買ったら、パン屋のおじちゃんがクッキーを2つおまけに付けてくれた。チーズパイはとてもおいしい。明日も買ってから電車に乗ろう。  オトガルに行って、エフェソス行きのバスに乗った。エフェソス遺跡(トルコ語ではエフェス)は町から3〜4kmのところにある。入場料が15YTL(1200円)と少し高めだけど、見ごたえのある遺跡だ。お菓子を買って来るんだった。  エフェソス遺跡は広い。じっくり見て回ると軽く3時間はかかりそうな広さだ。北の入り口から少し行ったところにある大劇場は、これまで見た劇場の中で一番大きかった。かつてローマ時代には、剣闘士と猛獣の闘いがここで行われていたのだそう。剣闘士たちが歩いただろう舞台へ向かう通路を、剣闘士風に颯爽と歩いてみた。 それから、マーブル通りを歩きまわって、この通りの何処かに掘られているという古代の娼館の広告と言われているものを探したけど、見つけられなかった。あんなに探したのになぁ。その広告元の娼館は、壮麗なセルスス図書館の向かい側にある。いったいどんな造りの街だ。 まるでRPGの世界。気分は剣闘士。 剣闘士が戦った円形の舞台空間 2万5千人を飲み込んだ古代の巨大スタジアム どこを切り取っても絵になる完璧な古代建築 見どころ満載すぎる遺跡  図書館は本当に見事。正面ファサードの1階部分には、左から「知恵」のソフィア、「美徳」のアレテー、「思慮」のエンノイア、「知識」のエピステーメーを象徴する4体の女性像が並んでいた。クレテス通りのモザイク画は今でも色が鮮明で美しい。アヒルのモザイク画があった。公衆トイレは敷居がない。並んで話しでもしながら用を足すのだろうか‥‥。それもすごい。せっかくなので座ってみた。  ハドリアヌス神殿は装飾が見事。ツアー客を連れたガイドさんの話を横でこっそり聞いたところ、エフェソスの伝説などが彫られているらしい。  とにかく見どころの多い遺跡で、一通り見て回った後は、少し消化不良気味になったので、反すうしながら、セルチュクまで歩いて帰ることにした。途中何台も車が止まって「乗っていきなよ」と言われるんだけど、全部断った。好意かもしれないけど、乗れるわけがない。 古代の公衆トイレ。とりあえず座ってみる。 緑に埋もれる大理石の遺構がロマンすぎる。 足元注意!古代ローマの職人技が凄すぎる! 水鳥のモザイクにキュン。 エフェソス名物「遺跡猫」 バザールからのアルテミス神殿  40分ほど歩いて、セルチュクの町に帰ってきた。バザールの近くで子供たちが食べていたサンドがおいしそうだったので、1つ買ってみた。1.5YTL(120円)でボリュームたっぷり!店の前の椅子に座って食べていると、男の子が声をかけてきて、アイランを買ってくれた。一緒の席に座って話をすると、22歳の学生さんなんだとか。とてもキュートな男の子だ。「なんでそんなにかわいい笑い方するの?」と褒め称えられた。食べた後にバザールを見て回るつもりだと言うと、いろいろ説明してくれるという。彼の妹も出展していて、紹介してもらった。かわいい女の子で、ヘアアクセサリーを売っていた。  バザールを抜けたところで、彼がアルテミス神殿とイーサーベイ・ジャミィに連れて行ってくれると言うので、案内してもらった。かつて世界の七不思議の一つに数えられたアルテミス神殿は、今は柱が一本残っているだけの寂しい場所になっている。柱の周りには池があり、カモやアヒルなどの水鳥と亀をたくさん見かけた。 お昼ごはんのサンドイッチ 世界の七不思議・アルテミス神殿跡。かつての栄華を伝える唯一の石柱 アルテミス神殿跡の湿地にはカモ?アヒル?がたくさんいる リクガメもいる!かわいい! イーサーベイ・ジャミィ  アルテミス神殿を横切り、イーサーベイ・ジャミィに行こうとしたら、鉄線が張られた塀にぶち当たり、乗り越えなきゃならなくなった。カメラが入ったバッグが重かろうが、最近運動量が増えて逞しくなっている私は、簡単に塀を乗り越えてしまい、手を貸そうとしていた彼に感心された。  イーサーベイ・ジャミィは、セルチュクに入って唯一訪れたジャミィ。イスタンブールのジャミィのような華やかさはなくとも、中庭の木に感動した。それは、J.R.R.トールキンの『指輪物語』を読んだ時に頭の中に描いていたゴンドールの『白の木』そのものだった。偶然…いや必然の出会い?  ところで、どうやらこの男の子から本気で恋をされてしまったらしい。一緒に歩いていると肩に手を回そうとするので、「ヨーロッパ人ってみんなそうするよね。でも日本人はあんまりしないのよ。だからやめてね」と注意したら苦笑いしていた。ガチ恋に思わせぶりな態度を取るのは、自分ポリシーに反するので、そろそろバザールに戻ることにした。  バザールでイチゴを1kgを1.5YTL(120円)で買った。ずっしりと重い。そろそろ夕方になってきたので、さっきの彼にさよならを言うと、バイト先の店でご馳走したいとか、なんとか言ってたけど「あぁ、ごめんなさいね、今日はホテルのママが私のために食事を準備してくれるのよ(それは昨日の話)」などと言って、断った。この子、大丈夫だろうか。こんなに簡単に一目惚れして、いつか悪い女に騙されやしないかと心配してしまう。  晩ご飯はさっき買ったイチゴ。甘いんだけど、日本のイチゴより野菜っぽくて歯ごたえがある。あきらかに1kgは食べ過ぎ。相当お腹にたまった。 イーサーベイ・ジャミィの中庭にある木は、『指輪物語』のゴンドールの『白の木』みたい! イチゴを1kg食らう Location ■エフェソス遺跡EphesusAtatürk, Efes Harabeleri, 35920 Selçuk/İzmir,Turkey

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Greece–Turkey 40-Day Journey / Day 18 セルチュク到着  夜行バスで14時間。途中立ち寄ったバスステーションでパンとアイランを買って食べながら、朝9時に、エフェス遺跡観光の起点となる町、セルチュクに着いた。  昨日のバスは、座席がちょうどタイヤの上で、揺れに揺れて寝るどころじゃなかった。でもまぁ、バスでの長距離移動もこれが最後だ。 セルチュクのオトガルに着くと、宿やバス会社の客引きが待ち構えていた。 「もう決めてるから」 と言うと、だいたいかわせる。  今日は昨日のトレッキングと移動の疲れが残っているので、エフェス遺跡には行かず、この町の中にある聖ヨハネ教会を訪れることにした。  セルチュクでの宿は、ガイドブックに載っていた宿を訪ねようと思っていたので、オトガルからまっすぐそこに向かった。日本のガイドブックに載っている宿なんて、日本人宿泊客が多いに決まっているので、あまり選びたくないけど、安さに負けた。 宿はすぐに見つかって、入口から声をかけると、可愛いおばあちゃんが出てきて、部屋に案内してくれた。この宿、1泊4US$! 今までで最安。せっかくなので、別料金の夕食もお願いすることにした。バス・トイレは共同だけど、お湯が出るから問題ない。 荷物を部屋に置いて、まずシャワーと洗濯。昨日のカッパドキアツアーで砂まみれになっていたので、髪がなかなか泡立たなかった。 朝ごはんのパン アイラン大好き セルチュクの鉄道駅へ  スッキリしてから、今度はセルチュクの鉄道駅に向かった。明後日、パムッカレに向かうつもりなのだけど、バスより電車が安いので、セルチュク駅に行って時間などを調べておこうと思ったのだ。  途中、市街地にビザンツ時代の巨大な水道橋の跡、さらにその柱の上にコウノトリが巣を作っていてびっくりした。 後から調べると、セルチュクは「コウノトリの街」としても非常に有名なのだとか。セルチュクの春から夏にかけての風物詩なのだそう。  駅に着いて、きょろきょろと辺りを見渡していると、英語を話すおじさんが話しかけてきたので、デニズリへ向かう電車について尋ねた。毎日10:30に出ているとのことで、確認完了。時間帯もばっちりだ。 ビザンツ時代の巨大な水道橋の跡 セルチュク春の名物コウノトリ 聖ヨハネ教会  それからPTT(郵便局)に行って両替をしようと思ったけど、ここではやってもらえず、銀行に行った。綺麗なお姉さんがきっちり1万円分をトルコリラに替えてくれて、コミッションなしだった。なんて親切!  両替を済ませて、お土産屋が並ぶ、いかにもツーリスティックな通りを歩いていると、店の中から日本人女性が飛んできて、「店に寄って行きなさいよ」と言う。 現地日本人ほど厄介なものはないと思っている私は(偏見です)、適当に笑顔でかわして、そのまま通り過ぎた。  お土産通りを通り抜け、聖ヨハネ教会に到着。教会の周りには、ジプシー風の人たちが座り込んでいた。  聖ヨハネ教会は想像以上にすばらしかった。『見られるのは壁、円柱、床のモザイク画だけ』などとガイドブックに書いてあったけど、見ごたえ充分。地面には色とりどりの花が咲き、ちょっと「ラピュタ」みたい。 伝承では、使徒ヨハネはこの地で晩年を過ごしたとされ、聖母マリアもエフェソス近郊で暮らしたと伝えられている。白い大理石の一角は、ヨハネの墓所になっている。欧米人の旅行者はまずここを訪れるのだという。キリスト教のリアル聖地巡礼なんだね。 マリア様はこの道を歩いたのだろうか。この石や柱は、それを知っているのだろうか。 そんなことを考えながら遺跡に座っていると、草むらに動くものが。 蛇かと思ってのぞいてみると、なんとリクガメだった。持ち上げてみたら、結構重かった。 聖ヨハネ教会 大聖堂跡 聖ヨハネ教会とアーチの中ににアヤスルク城 聖ヨハネ教会の心臓部の一つ、6世紀の洗礼堂跡 聖ヨハネ教会の聖水盤 カメがいた なぜか小学校視察  聖ヨハネ教会を後にして、インターネットカフェを探して歩いた。 大きな学校の前で地図を見ながらきょろきょろしていると、ネクタイをした学者さん風の男の人に「何かお困りですか?」と英語で聞かれたので、ネットカフェの場所を尋ねてみた。 するとその人は、私の手のひらにペンでぐりぐりと店の名前を書いて、場所を教えてくれた。 「僕はここの先生なんです」 と学校を指す。 なるほど、学者さんっぽいし、すぐにペンが出てくるわけだ。 すると、 「トルコの学校を見たことはありますか? よかったら見て行きませんか?」 と誘われたので、面白そうだと思って見学させてもらうことにした。ツアーじゃ絶対行かないよね(笑)。  結構大きな学校で、700人の生徒を25人の先生が見ているそうだ。休み時間だったので、校庭で遊んでいた子どもたちに囲まれた。 職員室で先生たちとちょっと話して、学校の授業風景なども見学。別館に幼稚園があり、大きいほうの建物は、小中学校が一緒になっている様子だった。 案内してくれた先生に男の子が近づいてくると、先生はその子の肩に手を乗せて、 「僕の生徒です。とても賢い子なんですよ」 と自慢げに微笑んだ。 良い先生だなぁ。 そろそろお暇すると言うと、先生は私に電話番号を書いて渡した。 「明日、よければ電話をください。エフェス以外の見どころは少し遠いので、よろしければご案内しますから」 と言われ、あまりの親切さにびっくりして、 「いやいや、そこまでは……」 と恐縮してしまった。 トルコ人って、どうしてこんなに世話好きなんだろう。 セルチュクの町 『日本語使えます』の痕跡を残す  ネットカフェに行き、ブログを更新して帰ろうとすると、店のおじさんに、 「日本語で、『日本語使えます』って書いてくれない?」 と頼まれたので、書いてあげるとチャイをご馳走してくれた。  それから宿に戻って夕食。今日は宿のママに、トルコの家庭料理を4US$でお願いしている。他の宿泊客の日本人2人と一緒に食事をした。 ボリュームたっぷりで、とてもおいしい夕食だった。宿のママも家族の人たちも、みんなとても良い人たちだ。 Location ■聖ヨハネ教会St. Jean ChurchAtatürk Mh., St. Jean Cd. No:3, 35920 Selçuk/İzmir,Turkey

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Greece–Turkey 40-Day Journey / Day 17 現地ツアーに初挑戦  今日は19:30の夜行バスに乗って、エフェス遺跡の起点となる町、セルチュクに向かう。夜まで時間があるので、昨日の夜、宿でカッパドキアの1日ツアーを申し込んでおいた。戻ってくるまでバックパックは預かってくれるとのこと。  カッパドキアは見どころが郊外に点在しているので、なかなか個人では見て回りにくい。ツアーの料金もそれほど高くないので、時間のない人にはおすすめだと思う。私の場合は時間つぶしだけど。 9:30 — バスが宿の前まで迎えに来てくれて、他のツアー参加者を拾って回った。日本人が結構いる。ロンドンから来た日本人カップルと仲良くなった。 まず、ギョレメパノラマ(昨日も行った)に向かった。 視界いっぱいに広がる、ギョレメ・パノラマの絶景 だんだん強そうな顔になってきた… カイマクルの地下都市  それからバスで25分ほど離れたところにある、カイマクルの地下都市へ向かった。 何のためにこんな広い地下都市が……という規模。そして寒い。  その昔、この地下の街で2万人が暮らしていたそうだ。現地ガイドのお兄さんから「地下1階は動物小屋です。なぜって、牛やブタは階段の上り下りが得意じゃないからです」と説明を受けて納得。地下には学校やプール、教会、ワイナリーなどもある。敵の侵入を防ぐための石の扉なども設けられている。  地下都市自体の歴史は古く、紀元前400年頃から記録に残っているそうだ。他の地下都市とも地下でつながっていたと、ガイドのお兄さんが話していた。 ウフララ渓谷(イフララ渓谷)  その後、バスで1時間かけてウフララ渓谷に向かった  谷には川が流れ、木が茂っていて、思わず「わぁ」と声が漏れるほどの絶景。崖には、くり抜いたような暗い窓が見られた。住居や教会、礼拝所の跡らしい。  ロンドンから来た日本人カップルと「結構本格的なトレッキングコースだよね」と話をした。岩を登ったり、小川を飛び越えたり、お散歩コースのレベルではない。スニーカーじゃなかったら絶対無理だ。  二人は2年半のイギリス滞在を終え、間もなく日本に戻ろうとしていて、その前にヨーロッパを強行旅行して回っているらしい。 「今日は夜行バス移動でお風呂に入れないから、あんまり汗かきたくないんだけどな……」 と私がぼやくと、 「私は3日間入らなかったよ」 と励ましてくれた。  ウフララ渓谷を3kmほどトレッキングした後、川沿いのレストランでランチ。久しぶりにちゃんとしたご飯を食べた。料理は牛と豚と鶏と魚から選べたので魚にした。サラダやパンなども付いていて、お腹いっぱい。 ウフララ渓谷の息を呑む断崖絶壁 結構本気なトレッキング メレンディズ川沿いにまっすぐ伸びるポプラの木 羊ときどきヤギの群れ発見!放牧中? ウフララ渓谷の源流・メレンディズ川 スター・ウォーズ→ゼルヴェ野外博物館→キャラバンサライ→キノコ岩  それからガイドのお兄さんが、スター・ウォーズのセットに連れて行くと言い、それらしきところでバスが停まった。 「スター・ウォーズのロケ地はチュニジアじゃなかったっけ?」 と、景色を見ながらガイドのお兄さんにこっそりと聞くと、 「スター・ウォーズみたいなところだよ。それっぽいでしょ?」 とニヤリとした。 あぁ、なんちゃってスター・ウォーズか……。 名古屋から来た日本人の男性4人組が、スター・ウォーズっぽい格好をして写真を撮っているのが気の毒で仕方ない。 「ここってエピソード何ですか~?」 などと叫んでいる。 だから、違うんだよ……。  その後、ゼルヴェ野外博物館に行ったのだけど、風が強くて砂まみれに。ハードレンズじゃ目も開けられない。服もバッグも砂臭いし、とてもじゃないけどカメラは出せなかった。口の中までジャリジャリする。 でも今日はお風呂に入れない。  それから、中央アナトリアが交易路として栄えた時代、シルクロード上に一定の間隔で置かれていた、かつての隊商宿・キャラバンサライへ。 天井がとても高い。ラクダをつなぐ場所や、食堂、礼拝堂、ハマムなどがあった。  アヴァノスに移動して、焼き物作りを見学。昔から続く焼き物は、素朴で味わいがある。色を付けたものはとてもカラフルで綺麗だ。でも荷物が増やせないので買えない。  それからパシャバー地区でキノコ岩を見て、ツアー終了。ギョレメ村に戻ってきた。 スター・ウォーズっぽいウフララ渓谷の終点にあるヤプラックヒサール村 13世紀の隊商宿(キャラバンサライ)の正門 キノコ岩(妖精の煙突)がずらりと並ぶ絶景 クルミの木、また会う日まで…  19時のバスに備えて、宿に戻って預かってもらっていた荷物を引き取りに行くと、お茶でも飲んでいけと、エルマチャイをご馳走になった。本当に良い宿だった。またカッパドキアに来るときは、この宿をもう一度訪れたい。  オトガルでバスを待っていると、さっきのツアーで一緒だったカップルと、昨日ギョレメ野外博物館で会った、怪しい服装のシリアから来た日本人男性にまた会った。 カップルはパムッカレへ、シリアの彼はイスタンブールへ行くそうだ。 なんだかまた荷物を増やしていた。 絨毯屋でビジネスの話になり、格安でノートパソコンを買ったのだそう。持ってきた服は全部身体に巻き付けて、代わりに折り畳み自転車とパソコンを背負っている。 なんというか、ものすごい。 カッパドキアでは何人かの日本人に出会ったので、いろんな旅の情報を交換して、知識がちょっとだけ増えた。 Location ■ウォルナット ハウスWalnut HouseOrta Mahalle, Karşı Bucak Cd. No:10, 50180 Göreme/Nevşehir Merkez/Nevşehir,Turkey

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Greece–Turkey 40-Day Journey / Day 16 ギョレメ探索に出発  ぐっすり眠って、さわやかに起床。レセプションに降りていくと、オーナーの息子さんが、すぐに朝食を持ってきてくれた。オーナー自慢のクルミの木を見ながら食べる。昨日の晩は何も食べてなかったので美味しい。  9時頃、ギョレメ村の探索に出発……したのだけど、ものすごい強風で、ハードコンタクトレンズではとても無理! 途中までがんばったけど断念して、いったん宿に戻ってソフトレンズに変えてから、帽子をかぶって再出発した。  向かい風の方向にある博物館は後回しにして、歩いて30分くらいのところにあるギョレメパノラマに向かった。道路を通る車の人全員が手を振っていく。めずらしいんだろうなぁ、こんなところを一人で歩いているアジア人って。実際、人っこひとりいなかった。 危険なんだろうな、ってことはすごくわかる 帽子とソフトコンタクトレンズ装着で再出発 ギョレメパノラマ ハプニング  坂道を登ったり下ったりして、ようやくそれらしきところに着いた。 白っぽい岩が一面に広がる不思議な景色だ。こんな風景があるんだなぁ。強風の中、必死に写真を撮った。閑散とした景色だけど、黄色や桜に似たピンクの花(アーモンドの花かな?)があちこちに咲いていて、岩肌の白にとても映えている。  たくさん写真を撮って、村に引き返そうと15分ほど下った頃、ポケットに手を入れて、サイバーショットがないことに気が付いた。 ヤバい! 絶対どこかで落とした! ポケットのチャックを閉じないまま、一眼レフを構えて立ったりしゃがんだりしながら写真を撮っていたからだ。風が強すぎて、落ちた音も聞こえない。 慌てて戻ると、道の途中に落ちていた! よかったぁ!! 白い砂利道にシルバーのボディだったから、誰にも拾われなかったのね。 サイバーショットはコネタ用に使っていて、危うく警察に行って「変な虫の画像が入ったデジカメを落としました」と言うハメになるところだった……。 何より友達から引き継いだカメラなので、なくしたくない。今日はありえない強風で、注意が散漫になっている。気を引き締めていこう。 突進してきた未確認生物 UFO MUSEUM ギョレメ野外博物館  昼過ぎにだいぶ風がおさまってきたので、ギョレメ野外博物館に向かった。ギョレメ野外博物館はギョレメ村から歩いて行くことになっているのだけど、博物館までの道が恐ろしく閑散としているので、本当にこっちで良いのか不安になる。しかも結構遠い。  途中、『UFO博物館』なる看板を見つけた。 『We're not alone in universe』などと書いてある。かなり怪しい。  20分くらい歩いて、ようやくギョレメ野外博物館にたどり着いた。ここには岩窟教会がたくさんあって、キリストの生涯を描いた美しいフレスコ画などが残っているのだ。  入口の近くで、ありえないような変な服装の日本人男性に出会った。折り畳み自転車を必死にこいで登ってきて、ぜいぜいと息を切らしている。 「自転車、余計きつくないですか?」 と聞くと、 「きついです……」 と笑っていた。  入場料を払って中に入ると、さっきの男の人は、学生証を出して学割があるかどうか聞いていた。 「ほんとに学生ですか?」 と訝しんで聞くと、 「まさかぁ」 と。カイロで学生証を偽造してきたのだそうだ。 彼はシリアから来たんだって。どうりで変な格好してると思った。 彼からはヨルダンで入国拒否された話を聞いた。 「鼻の先でライフルを持った軍人が、命令口調でお前はあーだこーだって言うんですよ。だから『Pleaseくらいつけろコノヤロー』って言い返したら、8時間取り調べを受けた上に、『お前の入国は認められん』って言われちゃって」 と、でたらめな人だった。 「反抗的なこと言わなければ入れましたよ、たぶん。勉強になりましたね」と話をした。 ギョレメ野外博物館 ギョレメ野外博物館 トルコアイス・ドンドゥルマ  岩窟教会は、岩に穴をあけたり、削ったりして作られている。中の造りが地上の教会とほとんど変わらないので驚いた。フレスコ画も美しい。 特に美しいのがカランルク・キリセ(暗闇の教会)らしかったけど、ここは別料金と言われたので、悩んだ末に見学をパスした。全部見ていては、入場料がかさんでしまう。 そのかわりに、屋外博物館の入口の手前にあるトカル・キリセという教会を訪れた。 受付のおじさんに入れるかどうか聞いただけなのに、なぜだかとても気に入られてしまって、 「君だけは写真のフラッシュも許可しよう!(通常フラッシュ禁止)」 「柵の向こうの祭壇に立ちなさい。(当然侵入禁止)写真を撮ってあげよう」 などと過剰なサービスを受けた。 あげくチャイまでご馳走になって、次にやってきた韓国人カップルにびっくりされた。トルコ人の日本人好きは異常だ。  受付のおじさんにさよならを言って、休憩所と売店があるところに歩いて行くと、のび~るアイス、ドンドゥルマを伸ばしていたおじさんがいたので、写真を撮らせてもらって、アイスを一つ買った(2YTL)。 バニラだけで良いと言ったのに、 「レモンとチョコも食べてみなよ」 と、いろいろくっつけてくれた。 アイスクリームを食べていると、足元に黒い小犬が寄ってきてアイスを欲しがったので、近くに座って一緒に食べた。 通りすがりの欧米人が、笑顔で手を振っていく。 一人のおじさんなどは、車をわざわざ止めて「ラブリー、ラブリー」と言いながら、写真を撮っていった。 日本人と小犬とトルコアイス。 そんなにめずらしいのだろうか……。 あとで写真を送るから、と言われて、おじさんとメールアドレスを交換した。 のび~るアイス・ドンドゥルマ 子犬とアイスを一緒に食べる 本当に送られてきた写真 ケバブサンドとエルマチャイ  ギョレメ村に戻ってきてから、ケバブサンドを2.5YTLで注文して食べた。お店のお兄さんが、 「飲み物は?」 と聞いてきたので、水があるからいいと答えると、 「エルマチャイの方がたぶん美味しいよ」 と言って、チャイをサービスしてくれた。カッパドキアに来てから普通のチャイではなく、エルマチャイをよくごちそうになる。  それからネットカフェに行ってブログを更新。ギリシャへ渡るフェリーの時間や出港日を調べたけれど、まだ曖昧だった。1週間前にならないと時間などは確定しないらしい。次の町でまたチェックしなくちゃ。  それからオトガルに行って、明日のセルチュクへ向かう夜行バスのチケットを買った。案外高い。まぁ、遠くまで行くしね……。 ケバブサンド エルマチャイ ローズバレーの夕日  19時近くになったので、スーパーに寄ってから宿に帰ろうとしていると、偶然、宿のオーナーとその友達から、 「キヨ?」 と呼び止められた。 「今からサンセットを見に行くんだけど、一緒に来ない? それからビール飲むだろう?」 とオーナーが言ったので、 「うん!」 と言って、一緒に着いて行くことにした。だって地元の人が日頃から見に行きたくなるサンセットなんでしょ。 ビールも、私が手にしていたお菓子も、全部おごってもらった。「悪いから払うよ」と言うと、 「君はうちのゲストじゃないか!」 とオーナー。紳士だ。 車は、地元の人しか知らないような山の上に停まった。ここにも岩窟教会の跡がたくさんあって、そこで風を避けながら、満月のような夕日を眺めた。 トルコのビール(エフェス)もなかなか美味しい。エビスビールに感じが似ている。 目の前にギョレメの奇石。横には地層が美しいローズバレー。 なんて贅沢な時間を過ごしているんだろう。 日が沈むまでそこでゆっくりしてから、これから散髪に行くというオーナーに村まで送ってもらって、宿に戻った。 宿への帰り道、ビール瓶を持って歩いていると、通りを行く男の人から、 「うわ! 酒飲んでるの!? オーマイガッ!」 と言われた。 イスラム教徒の多い国だから、女性がビール瓶を持って歩いている姿は珍しかったのかもしれない。 まぁ、日本では私もビール瓶を持って出歩かないけどね。 ローズバレー ローズバレーの夕日 絶景とエフェスビール Location ■ギョレメ野外博物館 Goreme Open Air Museum50180 Göreme/Nevşehir Merkez/Nevşehir, Turkey

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Greece–Turkey 40-Day Journey / Day 15 サフランボル→アンカラ  今日は一度アンカラまで出てから、カッパドキアに向かう。到着は20時頃の予定。結構遠い。宿の人がわざわざ私のために6:30に朝食を準備してくれた。  チャルシュの広場からミニバスに乗って、クランキョイの町にやってきた。特にバス停が決まっているわけじゃないから、降りたい場所で運転手に声をかけなきゃならないんだけど、昨日クランキョイからチャルシュまで歩いていなかったら、降りる場所がわからなかったかもしれない。道を覚えていたので「ここクランキョイだよね!?」と言って飛び下りた。 クランキョイのバス会社でアンカラまでのチケットと、アンカラからネヴシェヒルまでのチケットを買った。アンカラのオトガルは大きいと思う。アンカラはトルコの首都だ。 ドイツの医学生と異文化交流  アンカラ行きのバスがやって来た。バスの中で隣の席になったドイツの大学で医学部に行っているという女の子と話をした。「あぁどうしよう。私、英語があんまり得意じゃないの。ドイツ語の方がベター。あなたドイツ語はどう?」 まさか私が大学生のとき、第2外国語でドイツ語を専攻していたなどとは言えない。彼女はトルコ人なんだけど、ホリデーでこっちに戻って来ていて、これからドイツに帰るところなのだという。「なぜわざわざドイツの大学に行ってるの?」と尋ねると、ドイツの方が沢山学べるのだそうだ。彼女曰く「トルコの医者はね、たいてい触診や目で見て判断するだけなのよ。だから勉強したい人は外国に出て、機械を使った勉強をするの。私もトルコで勉強したかったんだけど、母親がドイツで勉強するべきだって言ってね‥」と言っていた。彼女からは一人旅は危ないと相当念を押された。「外国で一人旅なんて、怖くないの!?」とばかり言われた。「そりゃぁ時々不安な時もあるけど、次の瞬間素敵な事がいっぱいあるからね」と答えると、「そう‥。でもお金はバッグに入れちゃだめよ。体のどこかにくっつけとくこと!」と言って、私だってそうしてるんだから、とボヤいていた。  トルコの地図を広げて私のトルコの旅のプランを説明すると、「ねぇ、その計画は誰かから聞いたの?」と言うので、「自分で決めたけど、どうして?」と聞くと、「カッパドキアなんかは解るわ。でもなんでサフランボルなんだろうと思って。サフランボルにはたくさんの日本人がやって来るから、いつも不思議だったの」と、長年の疑問をぶっちゃけられた。「旅行会社のツアーはどうだか知らないけど、多くの日本人は、こういうヒストリカルな場所が好きなんだと思う」と説明した。  「トルコは好きよ。料理が美味しいしね」と言うと、「そういえば、日本人はピラウ(トルコ式ピラフ)を沢山食べるけど、どうしてそんなに細いの?私たちがそんなに食べたら、見る間にデブデブになっちゃうわ!」と彼女。日本人だって、そんなにばくばくご飯を食べたら太ります。「日本ではお米を油で炒めて食べるばかりじゃないのよ」と答えた。「へぇ、どうやって食べるの?」「水だけで炊くのよ」「物足りなさそう」「そうだなぁ、スープみたいなの(味噌汁)とかと一緒に食べるかなぁ‥‥」とても説明に困った。 アンカラ到着  そうこう話しているうちに、アンカラに着いた。アンカラのオトガルもまた、日本のバスターミナルの比じゃない。まるで空港だ。彼女と別れて、カッパドキア行きの乗り場を尋ねて回ったけど、声をかけた人みんな英語がダメで、オトガル職員の男女に尋ねたら、「お前、英語話せる?」「無理よ」とつっつきあって、最後には「インフォメーション!」とエスカレーターを指差した。オッケー!それだけわかれば充分です。  2階のバス会社のオフィスで乗り場を教えてもらって、売店でチーズとハムのサンドを買って食べた。出発の20分くらい前に、荷物をバスに詰め込もうと思って、乗り場に行くと、教えられたバスと違うバスだった。教えてくれたおじさんは笑いながら「ドンマイ!こっちだ!」ってかんじだ。ジャストの時間に私が行ってたらどーするのよ!まぁ間に合ったからいいけど。 メトロの長距離バス ギョレメ到着  今回乗ったメトロのバスは、あんまりサービスが良くなかった。残念。5時間ちょっとかけて、バスはネヴシェヒルに到着。それからセルヴィスに乗り換えて、観光しやすそうなギョレメ村まで向かった。ギョレメのオトガルに着いたのは、21時頃。近くに安くて良い宿を見つけて、そこに決めた。レセプションでエルマチャイをいただきながら、オーナーと話をした。オーナーは英語が堪能で、日本が大好きらしい。日本人の友達が欲しいんだけど、宿には学生しか来ないんだと悲しんでいた。宿代が安いからですよ、きっと。 宿の前には大きなWALNUT(クルミ)の木があって、オーナーの話では、この木は200歳で、オーナーのおばあさん(世代が合わない気がするから曾祖母なのかも)が植えたものなのだという。オーナーがこのホテルを建てた時に、もう1本、クルミの木を植えたそうで、こちらは11歳。大きなクルミの木の後ろにちょこんとあるのがそれだ。共に時を重ねるFamily Treeを大事にするオーナーの姿勢は、なんだか素敵だなぁと思う。  レセプションのテレビには、MTVみたいな音楽番組が映っていた。歌手の男の人が、トンネルの中で歌いながら歩いていて、ぼこぼこに車に跳ねられるというPVだ。そのクレイジーっぷりに大笑いしてしまった。オーナーは、「彼はLOVEを歌ってるんだ。センシティブにね。LOVEは人をクレイジーにさせるってことさ。でも、これはコメディだね。歌詞は情熱的なんだけどなぁ」と言っていたが、何度見ても吹き出す。明日はギョレメの村を見てまわるつもり。 WALNUT HOUSEのお部屋(2005年当時) オーナー自慢のくるみの木(推定200歳) Location ■ギョレメGöremeGöreme, Nevşehir Merkez/Nevşehir, Turkey

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Greece–Turkey 40-Day Journey / Day 14 サフランボルの朝  チャルシュでの朝は、山鳩の鳴き声で目が覚めた。下の階に降りていって、朝食をお願いすると、とても綺麗な朝食が出てきた。パンに蜂蜜、バター、2種類のオリーブ。それにトマト、キュウリ、ゆで卵。コーヒーも付いてて、とても満足。  9時過ぎに宿を出て、町の地図と、明日のバスの情報を仕入れに、ツーリストインフォメーションに向かった。インフォメーションのお兄さんがとても良い人で、明日カッパドキアに行きたいと言うと、バスの予約までしてくれた。そのお兄さん曰く、「君みたいによく笑う日本人は初めて出会ったので、なんだか照れるよ」とのこと。日本人のツーリストはそんなに無愛想なのだろうか。ちょっと心配になった。インフォメーションでコーヒーまでごちそうになり、チャルシュの町を探索開始。 石畳の坂道(というか斜面に石を突き刺したような道)を時々足を滑らせながら登り、大きな家を見てまわった。昔のトルコは昔の日本と同じように大家族だったので、家の一つ一つがとても大きい。今建っているものが、100年~200年前の建物なのだそうだ。その昔、サフランの花が咲き乱れていたからサフランボルという名前が付いたというので、サフランの花を探してみたけれど、見つからなかった。サフランが咲くのはだいたい10月頃なので、それもそうか。 通りすがりのお店の前でなぜかイチゴをいただいた。一眼レフを首に下げたまま、道端を歩いていると、子供たちが遊んでいた。「写真を撮ってもいい?」とカメラを持ち上げて笑いかけると、一番年上の女の子が他の子たちを集めてくれた。ずっと人の写真を撮りたかったので嬉しかった。お礼に一番おチビちゃんにさっきもらたイチゴをあげた。 宿の綺麗な朝食 かわいい子どもたち サフランボル散策  すり鉢状の町をずっと上に登って行くと、町を見渡せるフドゥルルックの丘に辿り着いた。しばらくそこで景色を眺めたり写真を撮ったりしていると、イタリア人っぽい女の子から、「あなたと写真を撮りたいんだけど、いいかしら?」と頼まれて、一緒に写真に写った。こっちに来てからというもの、アジア人が少ないせいか、やたらと写真を撮られる。しばらくすると、大型バスがやってきて、今度は日本人のツアー客がどっと押し寄せてきた。その中の一人のおじさんから声をかけられ、しばらく話しをした。みなさん関東から来られたそうだ。「一人で回ってるの?たいしたもんだ!」と感心されたけど、いろんな人に助けてもらったから来れたのだ。記念にと、そのおじさんからも写真を撮られた。『トルコで出会った奇人』などというタイトルが付きませんように。 その丘では、他にも個人旅行中の千葉から来た男の子に会った。彼は、イランからトルコ入りしたそうだ。「こんな不安定な時期に行ったりして!」と非難めいた口調で言うと、「そうでもないっすよ、今なら安いかなぁと思って」と、周りの心配や迷惑は顧みずといったご様子。こういう考えはあまり好きではない。ちゃんと周りのことも考えて旅することが私はマナーだと思う。私だってトルコ東部のVanなど、中東に近い地域へ行ってみたいけれど、絶対に両親が心配するので、行かないことにしている。  それから、サフランボルには家の内部を公開している旧家がいくつかあるので、そのうちの一つを訪れた。日本で言うなら、京都の映画村みたいな所だ(一軒家だけど)。昔の衣装を身に着けた人形が、各部屋に置かれていて、昔の生活を再現しているのだけれど、当時のお風呂であったと思しき場所に、男性の人形が入れてあった。たぶん、裸で置いておくのにちょっと抵抗があったのだろう。裸にショールを巻かれていた。これは余計に変じゃなかろうか‥‥?突っ込み所が満載の旧家だった。  お昼頃、いったん宿に戻った。トルコでは公衆トイレが有料なので(0.50YTL前後)、休憩は宿ですることにしている。入口に昨日は会わなかった宿のオーナーが座ってくつろいでいて、一緒にお茶を飲もうと誘われたので、ホテルの入り口に座ってお茶を飲んだ。近所のレストランの人、通りすがりのおじさんが、挨拶を交わしてはお茶に誘われて、そこにちょっと座っていく。日本でも田舎はこんなかんじだよね。「ちょっとあがっていきんしゃい」状態だ。私が27歳だと言ったらみんなびっくりして、「22くらいだと思ってた!」と言われ、27歳は世界的に若くないことを痛感した。 オスマン帝国時代の伝統的な木造家屋(オテリ・ハウス)が今も数多く残る 邸宅博物館 「カイマカムラル・エヴィ(Kaymakamlar Evi)」 いや、変だって! アイノルと観光  13時頃、アイノルの店に行くと、アイノルはかわいいをワンピースを着て戸口で待っていた。「なんでそんなにお洒落してるの?」と聞くと、私の観光に付き合ってくれるのだそう。ボーイフレンドに店を預けて一緒にサフランボルの町を見て歩いた。一人じゃ辿り着けなかったところまで隅々案内してくれて、モスクでの手足の洗い方や、水飲み場の使い方、それからレース編みなども教えてもらって、とても楽しかった。 アイノルは英語が苦手だと言う。少し長い英文を使うとわからなくなってしまうので、お互いに単語を並べ、ガイドブックに載っているトルコ語と日本語を照らし合わせながら話した。明日の朝、ここを発つと伝えると、とても悲しそうな顔をして、「次はいつ来るの?今度はうちに泊まってね!」と言ってくれる。本当にありがとう。次に来る頃には、ボーイフレンドと結婚してるんじゃないかな。  お腹が空くまで観光して、彼女のカフェに戻り、お手製のマントゥをいただいた。作り方も見せてもらった。ニンニクとヨーグルトを混ぜ合わせたソースを、小さなラビオリのようなものにかけて、その上から油とトマトペーストと香辛料を混ぜたものをかける。最後にミントの葉を散らしてできあがり。ヨーグルトにニンニクって日本人には全然馴染みがないと思うんだけれど、意外と美味しくてびっくり。私はアイランが好きだからかなぁ。ちなみにマントゥは、中国の「饅頭」とルーツを同じくするともいわれる、シルクロードを渡ってきた料理なのだ。その後、デザートにバグラワも食べさせてもらった。パイの蜂蜜漬けでとても甘い。トルコ料理は美味しいし、お菓子は甘いし、このまま食べ続けていたら確実に太りそう。若い女性はとてもスレンダーなのに、年配の女性はふくよかな人が多い気がする。  アイノルは「今晩こそうちに泊まっていって」と言ってくれたのだけど、明日の朝が早いので、起こしてしまうのも気の毒だと思って遠慮して、住所を交換してお別れをした。  アイノルと別れた後、PTTでテレホンカードを買って、公衆電話にカードを入れたら、電話が繋がらない上に、カードが出てこなくなってしまった。ヘアピンで引っぱり出そうと試みたけどダメで、通りすがりのお兄さん達に助けを求めた。「この電話、壊れてるんだよ」と言って、相当頑張ってカードを引っ張り出してくれた。すごく助かった。ありがとう!いつの間にか応援団みたいな人だかりができていて、カードが抜けると拍手が起こった。 お礼を言って、別の電話から家に電話すると、父が出て「おぉ、まだ生きとったか」と言われた。まだまだ死にそうにありません。 アイノルと観光💕 レース編み奮闘中! アイノルお手製のマントゥ Location ■サフランボルSafranboluÇarşı Meydanı (Carsi Square), Safranbolu, Karabük, Turkey

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Greece–Turkey 40-Day Journey / Day 13 イスタンブールからバスでサフランボルへ  昨日の夜は何も食べてなかったので、朝からもりもり食べた。ブレックファスト・インクルードはありがたいなぁ。  今日はイスタンブールのオトガルから、サフランボルに向かうため、9:30に宿を出た。少し早めにオトガルに着いて、バス会社に行くと、おじさんが身ぶりで私のバックパックを荷物置き場に置いておきなさいと教えてくれて、2階の待ち合い室でチャイをいただいた。 11:30 — バス出発。すごく大きなバスだ。中に蝶ネクタイのお兄さんがいて、お茶やコーヒー、お菓子などを持ってきてくれる。バスが出発すると、レモンの香りのコロンヤを手にかけてくれた。これが全部サービスなんだからすごい。座席は、カップルや夫婦は別として、女性は女性同士で固められる。 トルコではバスが快適だ。最新型のバスで乗り心地もすごく良い。途中、一回休憩が入って、約8時間バスに乗っていた。16時頃ドライブインに入ったので、変な時間だしな、と思って何も食べないでいると、通路を挟んで隣に座っていたおじさんが、パンをたくさんくれた。中にオリーブが入ったおいしいパンだった。おじさんは英語を話さなかったので、すべてアイコンタクトだった。 サフランボル行きバスチケット オトガルでごちそうになったチャイ サフランボル到着 18:30 — サフランボルのオトガルに到着。町の中心部に行くために、セルヴィス(送迎バス)を使うはずなんだけど、待ち構えていたタクシーのおじさんが、「セルヴィスはないよ、タクシーで行くしかないんだ」と声をかけてきた。そんなことがあるもんか。バスの運転手に聞くと、やっぱりちゃんとあった。ああいうタクシーに乗ったら絶対ボられるんだろうなぁ。  昨日まで泊まっていたイスタンブールの宿で、二人の日本人男性に会ったけど、二人とも相当ボられていた。北海道から来たおじさんは私の宿泊費を聞いてびっくりしていた。彼は「1週間宿泊すれば250US$にしてやる」と言われて、その金額を支払ったそう。 もう一人のおじさんは、宿に入っていた旅行会社で44,000円のツアーを申し込んだらしい。なにゆえ…?私がバスのチケットを買いに行くというと、「ここでも買えると思うよ」と教えてくれたのだけど、せっかくバックパッカーで来てるんだから、自分で現地のバスターミナルを見てみたかったので、オトガルに行ってみると、びっくりするくらい安くチケットが買えたのだ。できるだけ現地の人が利用する方法で観光する。そうやって現地の人と交流しながら、自分で気をつけて判断していれば、必要以上に怖がることはないように思った。優しくて、本当に親切な人は沢山いる。 19:00 — セルヴィスに乗ってサフランボルの旧市街、チャルシュに着いた。広場近くの宿をたずねると、朝食付きで20US$。ギリシャの宿と比べると、めちゃくちゃ安くて良い部屋。この旅で初めてドライヤーが付いた広々とした部屋に感激。疲れていたので、他は見ずにそこにした。 宿に荷物を置いて、軽く夕食を食べようと思って町を歩いていると、パン屋のおじさんにパンをもらった。それから、こぢんまりとしたカフェに入ってみたら、可愛らしい若い女の子が出て来て、「えっと‥‥」と改まってメニューを一生懸命説明してくれた。「軽いのでいいんだけど…」と言うと、ギョズレメを勧められたので、それをお願いした。柔らかいナンみたいなものに、肉まんのあんのような味付けのひき肉が入っていて美味しかった。彼女はアイノルという。熱心に日本語を勉強していて、日本語とトルコ語を並べて書いた、お手製の辞書を作っていた。私が彼女が知りたがっていた日本語を教えてあげると、お礼と言ってトルココーヒーを淹れてくれた。アイノルやボーイフレンド、もう一人の友達とおしゃべりをして、22時頃までカフェに長居してしまった。アイノルとはとても仲良くなって「私は一人暮らしだから、うちに泊まっていけばいいのに」と言ってくれていたのだけど、もう宿に2日泊まると言ってしまったし…。「明日もお昼にまた来るよ」と言うと、アイノルは「明日は私がマントゥとバクラワを作るので、楽しみにしておいて!」と嬉しそうに笑った。 広々とした宿の部屋 アイノルが作ってくれたギョズレメとトルココーヒー Location ■サフランボルSafranboluÇarşı Meydanı (Carsi Square), Safranbolu, Karabük, Turkey

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Greece–Turkey 40-Day Journey / Day 12 ブレックファースト・インクルード  今日の朝ご飯は、宿の4階でビュッフェだった。昨日宇多田ヒカルをノリノリで聞いていたおじさん(兄さん?)は、別の日本人宿泊客の男性に「朝食はアヤソフィアの近くだから」と朝から客をからっかって楽しんでいた。朝食は、パンと野菜とチーズと飲み物が数種類あるだけの軽食。それでもギリシャで朝食付きの宿なんかに泊まってなかった私には、とても贅沢しているように思えた。 オトガルへ  朝食後、トラムヴァイ(路面電車)と、メトロ(地下鉄)に乗って、オトガルまで行った。どちらもジェトンというコインで乗る。ジェトンは1枚1.10YTL(約90円)。トラムヴァイは新しくて綺麗で、電光掲示板に次の停車駅が流れるので、とても助かる。ギリシャより解りやすくて、簡単にたどり着けた。  オトガルに着いてびっくり!見渡す限りバス会社!ここに入っているバス会社だけで数百社あるらしい。さすがバス大国と言われるだけのことはある。トルコ語は全く必要なかった。ふらふらと歩いているだけで、「どこ行きたいの?それならこっちこっち!」とバスのチケットが買えるところまで、そのへんにいるおじさんが連れて行ってくれるのだ。  明日の朝、ここからバスで7時間かけて、サフランボルに行こうと思う。その後、カッパドキア、パムッカレ、エフェスなどの世界遺産をめぐるつもり。バス会社のおじさんにガイドブックのサフランボルのページを開いて、「サフランボルに行きたい」と英語で言うと、「あー、サフランボルね!オッケーオッケー!」と解ってくれる。英語が通じる率はギリシャの方が高いけれど、トルコ人はものすごくフレンドリーなので、言葉はあまり気にせずに話ができる。バスのチケットも予想よりも安く買えた。チケットを受け取ると、おじさん達は、ニコニコしながら「チャイ飲んでかない?」と言う。でも新市街で何か食べようと思っていたので、せっかくだけど、と丁寧に断り、再びメトロとトラムヴァイに乗って、新市街に向かった。 トラムバイ停留所 イスタンブールの乗車コイン・ジェトン(金属製)※現在は使われていません※ イスタンブールのエセンレル・オトガル サバサンド エミノニュ駅を降りたら、どーーーんと金角湾が目に飛び込んできた。すっごい!!なんて美しい景色なんだろう!ガラタ橋のたもとは賑やかで、アジア側とを繋ぐ船から人がたくさん降りてきた。イスタンブールは海で隔てられた旧市街、新市街、アジア側の3つの地域に別れているので、船がバス感覚で行き来している。 橋の近くではサンドを売っているおじさんがいて、私を見つけるなり「鯖サンドーーー!」と日本語で叫んだので、私も「サバサンドー!?1つ頂戴!」と叫んで1つ買った。大きなパンに、鯖を開いて炭火で焼いたものと、たっぷりの玉ねぎを挟んでくれる。これで1YTL(80円)! めちゃくちゃ美味しくて、安い!トルコは料理が安くて美味しいので嬉しい。金角湾と、ボスポラス海峡、そしてアジア側のイスタンブールを眺めながら、食べるサバサンドは最高!一眼レフを出して写真を撮った。 サバサンド でかい・安い・美味い 新市街  サバサンドを食べ終えて、ガラタ橋を渡って新市街に向った。ガラタ橋の上では、おじさんたちがずらっと釣りをしている。結構大きな魚も釣れるみたいで、みんなバケツのようなヨーグルトの容器に、釣った魚を入れていた。  こうやって歩いていると、ヨーロッパ人はよく見るけど、アジア系の人は少ない。そのせいで、歩いているだけで、ほぼ全員の男の人が振り返ってまじまじと私を見てにっこり笑っていく。まるで動物園状態‥‥。アジア人で、しかも女性の一人歩きだから、もはや珍獣みたいなんだろうな。バックパッカーの旅行者の中でも、女性一人っていうのはまだ見てないし。夏になれば、もう少しいるのかもしれないけど、今の時期はひたすら珍しいみたい。屈強な男達の中で、一人屈強に旅する私。なんだか脚もたくましくなった気がするのよね、最近。筋肉がついたみたいで‥‥。これはかなり深刻な問題。  新市街側に行って、ガラタ塔を目指して歩いた。結構な坂道だ。靴磨きの少年が、私を見て「Do you love me?」と聞いてくる。その英語はどうかと思うぞ。新市街はアヤソフィア周辺と違って、絨毯屋に誘う人がいないなぁ、と思った瞬間、変な男の人から声をかけられた。ニヤニヤ笑いながら近づいてきて、警察だかツーリストポリスだかのIDカードみたいなものを見せながら、「何処行くの?観光情報を教えてあげるからオフィスに来ない?」と言う。馬鹿なのかなと思って「私はトルコの警察のIDカードがソレなのか知らないし、ポリスがそうやって声をかけて来るのかどうかも知らない。もしあんたが本当の警察でもあんたの助けは必要ないから」と言い捨てて早歩きでその人から離れた。あんなにニヤけたポリスがいてたまるもんか。いくらなんでも分かりやすく着いていっちゃダメな人だった。  ガラタ塔は坂道の途中に立っていた。中に入って展望台に登ると、イスタンブール中が見渡せる。どこまでも広がるイスタンブール。アジアとヨーロッパを繋ぐ街。アジア側を見ながら、日本のことを考えた。 ガラタ塔の展望台から、金角湾に架かるガラタ橋と旧市街を望む 再び旧市街  しばらく景色を堪能してから旧市街に戻り、露店のアクセサリー売りのおじちゃんから2YTL(160円)のピアスを3つ買った。  座り込んで選んでいると、日本語が上手い旅行会社の男の人が話しかけて来た。「日本の何処からきたの?」「福岡だけど?」と答えると「高宮?」と。まさかそんなローカルな地名が出てくるとは思わなくて、「え、高槻のこと?」と聞き返すと、「そりゃ大阪でしょ」と言われた。なんでそんなに詳しいんだろう?  それから宿に戻ると、宿の給仕をしている住み込みの男の子から声をかけられて、話しをしながら少し歩こうと誘われたので、近所のスーパーに乾電池を買いに行った。「日本人が一番好きだ。韓国人はベター。中国人はキライ」と彼は言う。中国人はペラペラ喋ってうるさいから嫌いなんだって。確かに、この旅で出会った中国人の旅行者たちは、集団でいることが多くて、話し声も大きかった気はする…。日本人は親切で優しいから好きなんだそうだ。「食事の後にごちそうさまって声かけてくれるのは、君くらいだよ」と言われた。へぇ、そうなんだねぇ。私は「ありがとう・ごちそうさま・美味しかったよ・ごめんなさい」が言えることが、お勉強ができることよりも何より大事な事だと思っている。 道端の露天で買ったアクセサリー Location ■ガラタ橋Galata BridgeSultan Ahmet, Atmeydanı Cd. No:7, 34122 Fatih/İstanbul, Turkey

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Greece–Turkey 40-Day Journey / Day 11 イスタンブールの朝  昨日泊まった安宿は、なんと€7。さすがに€7だけあって、狭いわ、うるさいわ、汚いわの三拍子が揃っていた。まぁ、昨夜は本当に寝るだけだったので、それで充分だった。外にいるよりはマシだろう。でも、ここに何泊もする気にはなれなかったので、翌朝チェックアウトしてすぐに宿を出た。 そういえば、このホテルのフロントのお兄ちゃんは、『地球の歩き方』に「フロントのスタッフ」という注釈付きで顔写真が載っていた人だった。人口6649万人のトルコで、写真で見たことのある人に出会うなんて。  最初に訪ねたのは、インターネットを無料で使える宿だった。でも、シングルは一泊€30と言われて諦めた。 もう一軒、ブルーモスクの近くにある宿を訪ねると、フロントでいきなり、「君、日本人?これ知ってる?」と、宇多田ヒカルの「traveling」を聴かされた。 受付に座ったまま、彼は頭を揺らしてノリノリで宇多田ヒカルの歌を聴きながら、「○×△※□◎って、どういう意味?」と、そう聞こえるらしい歌詞について質問してきた。 「うーん、(あなたの言っていることが)わからない」 と答えると、「本当に日本人なの?」と聞かれたので、「その歌のタイトルは『traveling』で、歌っているのは宇多田ヒカルだよ」と教えた。 「ああ、そうなんだ?彼女、有名なの?」と急にご機嫌になり、宿代をスペシャルプライス――本当に特別価格なのかは分からない――の、一泊朝食付き25US$にしてくれた。まぁいいかと思い、そこに泊まることにした。 暖房付きで清潔だし、立地も良く、なかなかの宿だ。洗濯物を乾かすためにも、まだ暖房は欠かせない。暖房器具の上に引っ掛けておくと、すぐに乾くのだ。 荷物を部屋に置いてから、朝ご飯を買いに外へ出た。 スペシャルプライスの宿 アイラン ブルーモスク(スルタン・アフメット・ジャーミィ)へ  数秒後、自称ビジネスマンだという男性から声をかけられた。「どこから来たの?何をしているんだい?困ったことがあったら言ってくれ」と非常に分かりやすく警戒すべき相手だったので、美味しいパン屋やトルコのおすすめなんかを聞いて、食べ物を買ったあと、有無を言わせない笑顔で、「あとは自分でやれるわ。どうもありがとう!」と言って別れた。  ブルーモスク前の公園で、ベンチに座って新聞を読みふけっていた外国人男性の隣に腰を下ろし、朝ご飯にすることにした。誰かが隣にいれば、声もかけられにくいはずだ。 ポアチャという調理パンを二つと、砂糖の入っていない飲むヨーグルト・アイランを買って、2YTL(160円)。ユーロ圏に比べると安いし、とっても美味しい。トルコ料理の味付けは私の好みに合っている。 目の前に立つブルーモスクは、これ以上ないほど均整の取れた美しい建築物だ。朝ご飯を食べ終え、早速ブルーモスクとアヤソフィアを見に行くことにした。 ブルーモスク(スルタン・アフメット・ジャーミィ) ブルーモスク〜地下宮殿へ  ブルーモスクに向かって歩き始めること3分。また別の男性が声をかけてきた。「お金ないから」と先回りして言うと、「違うよ!日本人だと思ったから、ただ話したかっただけなんだ。僕は今日フリーだから」と言ってついて来る。 追い払ってもよかったけれど、どうせまた一人になれば別の人がやって来るだろう。そう思い、適当にかわしながら、尋ねなくても勝手に話してくれるトルコの歴史や建物の説明を聞くことにした。 基本的について来られること自体は問題ない。相手について行かなければ良いだけだ。 「こっちは暖かいね」と言うと、「つい二日前くらいまでは、とても寒かったんだ。トルコの天気は変わりやすいんだよ。トルコ人女性の気持ちと一緒でね。日本人女性はそうじゃなきゃいいけど」と返ってきた。「日本人女性も似たようなものだと思うよ」と答えておいた。  まずは、世界で最も美しいモスクと評されるブルーモスクことスルタンアフメット・ジャーミィを見学した。モスクは入場料がかからないので嬉しい。 6本のミナーレ(尖塔)を持つイスラム寺院は、世界的にも珍しい。なんでも、スルタンが「黄金(アルトゥン)で作れ」と命じたものを、建築家が「6(アルトゥ)」と聞き間違えたからなのだとか。 260もある小窓にはステンドグラスが張り巡らされ、そこから差し込む光が、息を呑むほど美しい。 床一面に敷かれた絨毯には、一人ひとりが座るための空間が織り込まれていた。手足を置く場所や頭をつける場所、メッカの方向などが分かるようになっている。 ブルーモスクを見学したあとは、近くの地下宮殿へ行った。まるで『ロード・オブ・ザ・リング』の世界だ。 4~6世紀に造られた地下貯水池で、今も地面には水が溜まり、天井からは時折、ポツン、ポツンと水滴が落ちてくる。一番奥では、メドゥーサの首がゴロンと横向きになっていた。 ただ、ここは、入場料のわりには「ふーん」という感じだった。 精巧な幾何学模様とアラビア文字 ブルーモスクのステンドグラス ドラゴンボール…? 地下宮殿のメドゥーサの首(何故か横向き) アヤソフィア  地上に出ると、さっきの男性がまた声をかけてきた。入場料が必要な場所には、絶対について来ない(笑)。カフェに行こうとか、近くにカズンの店があるから行ってみないかとか言ってくる。「お腹は空いていないし、アヤソフィアに行きたいし、忙しいから、カズンの店には行けない」と言うと、いったん引き下がった。その隙に、さっさとアヤソフィアへ入った。  ビザンツ建築の最高峰、アヤソフィア。 トルコの長い歴史の中で、さまざまな宗教の祈りの場として使われてきたこの建物は、当時は博物館になっていた。そして、入場料は結構高い。日本円で1600円。 内部のモザイク画には損傷の激しいものもあるが、それがかえって、過ぎ去った時間の長さを感じさせる。 アヤソフィアでは、社会科見学らしい子供たちの団体に出会った。 みんな笑顔で、「Hi!」「どこから来たの?」「日本人?」などと声をかけ、手を振っていく。  この可愛い子供たちには、十数年後もこの素直でかわいい笑顔のままでいてほしい。少なくとも、「カズンの店に行かない?」とか「良い絨毯屋を知っているんだ」とか言うことがないように。 アヤソフィアを出ると、またさっきの男性が待ち構えていた。 「もう疲れたから、ホテルに帰るね」と言うと、「なぜ君は僕の誘いをことごとく断るんだ!分からないよ!ランチもダメ、ディナーもダメ、カズンの店にも行かない。迷惑なら、はっきりそう言ってくれ!」とわめき始めた。 「OK!はっきり言うね。一人になりたいの」と答えると、まさか本当にそんなことを言われるとは思っていなかったような顔をして、彼はしぶしぶ引き下がった。 私が手を振って立ち去ろうとすると、「でも、次に会ったときはディナーに行こう!約束だよ!」と、まだ叫んでいる。 往生際が悪いなぁ。アヤソフィアのそばは、もう通れなくなった。 アヤソフィア内イスラム教の巨大なカリグラフィー円盤 アヤソフィア内キリスト教のイコン グランドバザール  いったん宿に戻って荷物を整理してから、今度はグランドバザールへ繰り出した。3分後、また別の男の子が声をかけてきた。「どこに行くの?」と聞かれたので、グランドバザールだと答えると、「一緒に行ってもいい?」と言う。 彼は英語があまり得意そうではなく、客引きとは少し違う印象だった。向かう方向が同じならいいかと思い、話をしながら歩いた。 彼は24歳で、イスタンブール大学の学生だった。政治経済を専攻しているという。本当に大学生なのか少し疑っていたので、イスタンブール大学のそばを通ったとき、「学校の中を見てみたいんだけど、入れるかな?」と聞いてみた。 彼は門を指して、「あそこに警備員がいるだろう?学生証を見せないと入れないんだよ」と言った。まぁ、本当に大学生、なのかな?  それから彼は、「イスタンブールには、旅行者をだまそうとする悪い奴がたくさんいるからね。誰も信じちゃダメだよ!ノーバディーだ」と力説した。 あまりの力説ぶりに、「君はどうなのよ?」とは聞けなかった。「みんな君に声をかけたがっているんだから、僕のそばから離れないようにしてね」そう言って、エスコートしてくれた。 一緒にグランドバザールやモスクを見学し、途中でザクロの生搾りジュースを飲んだ。ザクロが大きくてびっくりした。 本当に生搾りなので少し渋い。でも、ザクロには美肌効果や老化を抑える効果があるらしいので、飲んでおかないとね。日本では高いもの。  その後もイスタンブールの街を歩きながら、兵役に行ったときの話や家族の話を聞いた。 彼はしきりに「キリスト教のパパが亡くなった」と話していたけれど、それがまさかローマ法王のことだとは、そのときは思いもしなかった。 テレビもない宿に泊まっていたので、全然知らなかったのだ。トルコではなくイタリアへ行っていたら、大変だったかもしれない。  昼ご飯を食べていなかったので、「トルコの煮込み料理が食べたいんだけど」と彼に相談すると、近くの店で煮込み料理があるかどうかを聞いてくれた。 初めて食べるトルコの煮込み料理、タス・ケバブ。4YTL、約320円。ピラフの上に肉とジャガイモの煮込みがのっていて、とても美味しかった。 友達からの遊びの誘いを何度も断りながら、私の観光に付き合ってくれた。彼は本当に親切な人だったらしい。 私が、「明日はオトガルに行って、バスの時間を調べてくる」と言うと、彼は自分の電話番号を紙に書き、「何か困ったことがあったら電話してね。力になるから」と言って渡してくれた。 日本で、旅行中の外国人にここまで親切にできる青年は、どのくらいいるだろう。 生搾りザクロジュース グランドバザール 店番にゃんこ イスタンブール大学 ネットカフェにて  彼と別れ、宿のすぐそばにあるインターネットカフェへ行った。料金は1時間2YTL、約160円。ギリシャでは1時間€3、約420円だったので、とても安い。 OCNのページにアクセスして、webから自宅のメールをチェックする。すると、信じられないメールが届いていた。 ELLEGARDENのボーカル、細美さんからだ! 『女の子のバックパッカーはマジで危ないから、絶対ヒッチハイクはするなよ!気をつけて行っておいで!帰ってきたらライブで会おう!』  あぁ、もう何にも負ける気がしない。 Location ■ブルーモスクSultan Ahmed MosqueSultan Ahmet, Atmeydanı Cd. No:7, 34122 Fatih/İstanbul, Turkey

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Greece–Turkey 40-Day Journey / Day 10 トルコ人家族との出会い  やっと落ち着いたかなと思っていると、私が座っていた6人乗りのコンパートメントに、トルコ人の一家がぞろぞろと入ってきた。「乗ってもいい?」と聞かれているんだと思うけど、トルコ語がさっぱり分からない。7人くらいの一家が一斉に私に話しかけてくる。 ‥‥どうしよう、「ジャポン」しか聞き取れなかった。「わー‥‥」という状態の私に、14歳くらいの男の子が自身を指さしながら「タルキッシュ、タルキッシュ!」と説明してくれた。うん、それだけは全力で分かってるよ。可愛い娘さんが「荷物を上に上げてあげようか」とジェスチャーで示してくれるので、足元に置いていたバックパックを荷台に乗せるのを手伝ってもらった。  一家もボストンバッグや紙袋、さらに米などの大量の食材を、荷台に詰め込み始めた。ひと段落してみんながギューギューになって席に着くと、お母さんが歌を歌い始めた。お祭り好きのヌーチョがこれを聞き付けやって来て、自分の国の歌を歌いだした。「最後は君が日本の歌を歌うんだ」とヌーチョに言われて『異邦人』を歌おうと心に決めていたのに、怖い顔をした車掌さんが現れて、家族を怒鳴りつけ、別の車両へと追いやってしまった。 寂しそうな顔をして、娘さんとお母さんが私に抱擁してくれたので、私は何事か解らないまま、ついさっき覚えたばかりのトルコ語で「ギュレギュレ」と言って見送った。見送る側が使う「さようなら」だ。後からヌーチョが「この車両はツーリスト専用で、一般の客は別の車両に乗らなきゃいけないみたいだね」と教えてくれた。「へぇ」とうなずいて、顔を見合わせてから、二人同時に「Stupid(馬鹿らしい)」と言った。 困った人々  それからしばらくして、再びコンパートメントにさっきの車掌さんが現れて、私に「どこから来たの?」と聞いてきた。日本だと答えると、いきなり手にキスをして、「21歳?22歳?」と聞く。「27だ」と言うと、薬指を確かめて「結婚はしていないの?」と言う。シングルだと答えると、「じゃぁ結婚しよう」といきなり結婚を申し込まれた。「私は10年間妻がいない。1人子供がいるだけだ」って、いや、結構ですから。きっぱりお断りをしたら泣きまねをしながら出て行った。これが噂のトルコ男か…まったく先が思いやられる。。。 別の車掌さんからはチャイをご馳走になるし、いたれりつくせりなんだけど。ヌーチョが「他人からもらった飲み物なんかを簡単に飲んじゃダメだよー」と言うけど、そんな事は百も承知だ。でも旅先では、どうしても断れない場面が2割くらいはあるのよ。「それにしても綺麗な女の子には親切だなぁ」とヌーチョは苦笑しながらそう言った。私は綺麗でもないし、むしろ逞しい部類でしょうよ。だから違うんだよ、ヌーチョ。彼らは女性を見たらとりあえず口説いておくのがマナーだと思っているだけなのだ。  この電車は、外国から入国する人と、トルコに住む人とで車両を分けてあり、トルコの人が乗る側の車両を探検してきたヌーチョは、「あっちのトイレは汚いし、紙もないんだ」と憤慨していた。観光が大事な産業でもある国なので「お客様は神様です」的な考え方は、ある程度仕方がないとは思う。だけど、日本人客には手を取って歓迎し、トルコ人客には怒鳴り声を上げ、ギリシャ人とは忌々しそうに喧嘩する。その態度の違いを、私はどう受け止めればよいのか分からなかった。ギリシャとトルコの間には長い歴史的な背景がある。ほんの数日旅をしている私が、簡単に良し悪しを語れる話ではないのだけれど。そんなことをぼんやりと考えながら、イスタンブールまでの時間を過ごした。  21時過ぎ、外はもう真っ暗。すると通路の方から子供の声が聞こえてきた。昼間出会ったトルコ人一家が私にお別れを言いに、車掌さんに怒鳴られながら、わざわざ会いに来てくれたのだ。娘さんとお母さんが「元気で旅を続けてね!」と私を抱きしめてくれた。 車掌さんはルールを守っていただけなのだろう。でも、怒鳴られながらも車両を渡って最後に挨拶をしに来てくれたトルコ人一家の優しさは、ずっと心に残っている。 窓の外にミナレットが見え始めた。どこかのモスクだろうか。イスタンブールに着いたのだ。スィルケジ駅の色とりどりのモザイクは嘘みたいに綺麗。  長旅が終わりみんなが伸びをしながら電車から降りはじめた。ヌーチョは中国人とスウェーデン人のグループと私をまとめて、一緒に宿探しをする気でいるらしい。そろそろ一人になりたいんだけどなぁ…。仕方なく付き合って行ったユースホステルは、改装中で開いてなかったので、ガイドブックに載っていた駅の近くの安宿を提案すると、数人が意気投合。タクシーでそこに向ってみたけど、その日はトルコのホリデーだったため、シングルルームが一部屋しか空いていなかった。年輩の男性が「君はここに泊まったらいいじゃないか」と言ってくれているのに、ヌーチョときたら「えー!一緒に泊まるんじゃなかったの!?」とうるさかったので、無視して一人でそこに泊まらせてもらうことにした。途中まで仲良くしてたけど、最後の最後で、ちょっと残念な人になってしまった。私にその気がないと分かると「タクシー代は君が払うんだよ」だって。ムカっときたので、タクシー代を全額支払ってグッバイフォーエバー。メテオラでパーティーを組んだダンとデイビットが素敵な人たちだっただけに、余計に残念に思った。 Location ■スィルケジ駅Sirkeci StationHocapasa Mah. Ankara Cad., Eminonu, Fatih, Istanbul, Turkey

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Greece–Turkey 40-Day Journey / Day 10 テッサロニキから国境駅へ  昨日の夜は宿の中も外もうるさくて、何度も目が覚めたけれど、そのわりには短時間でしっかり眠った気がする。  6:00 — 起床。昨晩、他のお客がシャワーを長時間独占していて、待っている間に眠くなって寝落ちしてしまったので、申し訳なく思いつつも、早朝からシャワーをあびる。  6:20 — チェックアウト。寒くなかったし、€18なのになかなか良い宿だった。  6:30 — テッサロニキ駅に着いた。今日はここから7:20発のIC(インターシティ)で国境を越え、トルコのイスタンブールに向かう。7時に駅のインフォメーションが開いたので、窓口のお姉さんを捕まえて、ピシオン駅というギリシャの国境の駅での列車の接続について聞いた。異国の地で、しかも国境を越えるとなると、どんなものなのか全然想像ができないから心もとない。 窓口のお姉さんにイスタンブールの何という駅に着くのかと尋ねたら、なんでも無い事のように「あら、それは分からないわ」と言われた。本当にそれは重要なことじゃないのだろうか?? たぶんヨーロッパ側からのトルコへの入国は、スィルケジ駅で間違いないとは思うんだけど…。(アジア側からの入国はまた別の駅に到着するらしい) 21:30に駅に着いて宿を探せるのかどうか、この旅始まって最大の不安にぶち当たっていたのだけれど、最悪朝まで駅に居ればいいやという気持ちになっていた。 世界の車窓から ピシオン駅 いよいよ出発  7:20 — IC出発。電車は座席が広くて快適。バックパックは足元に置いて、自転車の鍵で座席の脚にくくりつけた。 ギリシャに来て10日。エーゲ海以外の街や遺跡を巡りながら、北に足を進めてきた。今度ギリシャに戻ってくるのは、友達がやってくる4月の最終週あたり。しばらくギリシャともお別れだ。 とはいえ、『世界の車窓から』をゆっくりと楽しむ余裕もなく、電車の中でトルコについて猛勉強。 メルハバ、テシェッキュレデリム、アラスマラドゥク!トルコ語は舌を噛みそうだ。  14時前、回ってきた車掌さんからパスポートを回収され、「国境でパスポートコントロールがある。それから、15:30の電車に乗り換えるんだよ」と説明を受けた。パスポートを回収されたまま、電車は国境のピシオン(Pithion)駅に着いた。乗り換えの場所は、案内されるがままに着いていって、ここで待てと言われたので簡単だった。私はたいてい心配の方が余計に多い(一人旅はそのくらいで丁度良いのかもしれない)。 同じ電車でトルコ入りするのは、全部で15人くらいで、日本人は私一人。 スペインから来たヌーチョという面白いお兄ちゃんと知り合った。  15:30 — 電車さんがやって来て、乗り込むとパスポートが戻ってきた。国境警備のおじさんやお兄さん達が、ギリシャから去って行く電車を見送る。アメリカ人っぽいお姉ちゃんは、窓から体を半分乗り出して、「ヒューヒュー!」といいながら拳を突き上げていた。私は一人でコンパートメントに座り、扉を閉めて窓を開けた。古びた鉄橋に描かれた青と白のギリシャ国旗が、途中から赤地に白い月と星のトルコ国旗に変わった。国境を越えたのだ。 今度はトルコ側の国境で、パスポートコントロールがあった。そうしているうちに周りが騒がしくなった。ビザがなんとか言っている。なんだろうと思って通路をのぞくと、そこにいたヌーチョが「パスポートを返してもらう時に、€10取られるよ。ビザの関係で」と言った。「そんなの聞いてない」と言うとヌーチョは両手を広げて「僕もさ」と言った。そのうち車掌さんがパスポートの束を持って私がいるコンパートメントにやってきた。車掌さんがトランプのように色とりどりのパスポートを広げて「どれ?」というように私の顔を見た。「Japanese」と言うと、「Japanese?」と言ってパスポートを返却されて、お金は請求されなかった。通路からヌーチョが口パクで「なんでー?」と言っていたので、私も「さぁ?」と口パクで返した。日本とトルコ間では、3ヶ月以内の観光目的の滞在なら、ビザはいらないはずだ。請求される方が変なんだけど…。 ネタが多いので次のページに続きます・・・ Location ■ピティオン駅Pythio StationPythion, Evros, Eastern Macedonia and Thrace, Greece

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テッサロニキ国鉄駅 荷物を部屋に置いて、まずテッサロニキ国鉄駅に向かった。宿から歩いて10分ほどで駅に着いた。なんだか必要最小限な感じで、「国際列車が行き来する」と聞いて想像したような広くて複雑な駅ではなくて、とても分かりやすい駅だった。インフォメーションでイスタンブールへの行き方を聞いたら、毎日朝7:20に出て、21:30にイスタンブールに着くそうだ。電車代は40€。6000円弱で国を超えられる。イスタンブールへはバスも出ているようだけど、たぶんバスより安いので電車にした。国境のピシオン駅で乗り換えがあるという。大丈夫だろうか‥‥。イスタンブールに夜着くというのもまた怖い。でも、ここで悩んでいても仕方ない。チケットを買いに窓口に行った。ところ【INTERNATIONAL TICKETS】売場が閉まっている。隣の窓口のお姉さんに聞いたら、うーん、と言いながらぐるりと辺りを見渡して、    「17時には戻ると思うわ」    嗚呼、シエスタ! Greece–Turkey 40-Day Journey / Day 9 テッサロニキ  6:00 — 起床。7時のバスに乗るため、6:20頃宿を出た。平日万歳!バスステーションが開いている!テッサロニキまでの片道チケットを€14.50でゲット。11時に着くらしい。宿をさっさと決めることができたら、探検できそうだ。   11:00 — テッサロニキに着いた。‥‥で、ここは何処だ?市中心部のバスターミナルに着くつもりだったのに、なんだか郊外っぽい雰囲気。建物の外に出てみてターミナルの上を見上げたら『マケドニア』と書いてあった。新しくオープンした長距離バスの発着ターミナルみたい。ガイドブックの地図にも載らないくらい郊外。なんとかして市の中心まで向かわなければ。 バスターミナルの中で人に尋ねまくって、30分もかかってようやく市内行きのバスに乗ることができた。  テッサロニキは「観光地」というよりも、ギリシャの人たちの日常が広がる大都会だ。私が訪れた時は街全体がかなり埃っぽくて、雨が降るまで洗わない習慣なのかなと思ってしまうほど、どの車も字が書けるほど真っ白だった。肩から掛けていたバッグを抱きしめて、周りの物にこすらないようにして隙間を歩いた。大きな道路はどこも車と人のカオス。都会すぎて寛げそうになかったので、翌日には発つことにした。 でも、デルフィの寒かったあの日に死ぬ程欲しかったジャンバーとかパーカーとかが、安い値段で売っている。今日は暖かいので、買おうとは思わなかったけど、こういうところに普通の服は売っているんだなぁと思った。観光地の店先には、民族衣装みたいなデザインの服や、ギリシャの有名な革製品ばかりが並んでいて、自分がそれを身につけるイメージはまったく湧かなかった。  とりあえず分かりやすそうな場所でバスを降りた。 初めて間近に見たエーゲ海は、あんまり綺麗じゃない。ここは都会だから仕方ないのかな。ガイドブックの地図を見ながらツーリストインフォメーションまでバックパックを背負ったまま1kmほど歩いたけど、その場所にインフォメーションはなかった。地図や安宿情報をもらおうと思ったのにな。仕方がないのでガイドブックに載っていた安宿を2軒ほどたずねた。1軒めは€35を€30にしてくれたけど、2軒めは、€30を€18にしてくれたので、そこに決めた。€18って、ギリシャに来て最安。私が開口一番「やっすい部屋ある!?」と聞いたからだろう。「まぁまぁ、先に部屋を見てきなよ」と言われて私が部屋を見ている間に、宿のおじさん達は私に宿代をいくら提示するかの作戦会議をしていた。部屋はあんまり綺麗じゃないけど、明日発つから問題ない。宿の人はノリの良い関西人みたいな人。「明日の朝発つから、先に宿代を払っても良い?」と聞くと、「Why not?!」と返って来る。関西弁の「なんでやねん!」に聞こえてしょうがない(笑)テッサロニキってギリシャ第二の都市で、日本でいうところの大阪みたいな位置づけの都市だからか、そんなことを思った。 テッサロニキ国鉄駅 チケット購入窓口 はじめてのエーゲ海  国際列車は前日までに予約をしておいた方が良いので、17時にまた駅に戻って来ることにして、テッサロニキの観光に出かけた。テッサロニキは、ビザンティンの影響が強く、都会の街中にポコっと古いビザンティン建築の教会や城壁が現れる。たくさんある教会の中でも格式の高い古い教会を訪れると、お菓子をもったおばちゃん達がたくさん集まって、談笑しながら教会が開くのを待っていた(またしてもシエスタで閉まっていた)。 こんな大都会なのに、ペットショップをよく見かける。アヒルやガチョウが猛烈にプッシュされて売られていた。エーゲ海沿いのニキス通りには高級ホテルが並び、アリストテルス広場周辺にはオシャレなカフェがずらりと並んでいる。でも今日はカフェじゃなくて、ちゃんとご飯を食べたい気分。カランバカでの3日間、まともな食事をしてないから。 市場の様子 なぜかアヒルがたくさん売られている シエスタ中で入れなかった教会 二キス通り 市場のタベルナ  街をぐるぐると見て回ってから、17時頃再び駅に行って窓口でイスタンブール行きのチケットを買った。それから中央市場をうろついて、早い時間(18時頃)から人が入っていたタベルナを覗いてみた。下町的な雰囲気ががなんだか良い感じだ。市場の中の店なんて絶対美味しいでしょ。と思って、店に入る。メニューを見ながらどれにしようか悩んでいると、お客と一緒になって食事をしていた店のおじさんが、「あれだったらキッチンの中見る?」と声をかけてくれたので、見せてもらうことにした。キッチンの中には10種類ほどの料理がガラスケースの中に入っていた。野菜を細く切ってバルサミコで和えたサラダと、貝のピラフみたいな料理を頼んだ。(パンは勝手に出て来るんだけど、カバーチャージを取られている)うーーん、久しぶりのちゃんとしたご飯は格別!でも、量が結構多いので食べるのが大変。 ギリシャの人たちは、この多めの料理を数人で囲んで、長時間お喋りをしながら食べる。楽しそうにトークしながら長居している常連客を見ていると、一人でいるのが少し寂しくなった。それでも、美味しいご飯を食べて体力も気持ちもかなり回復した。 お腹もいっぱいになって、€11(1540円)だった。やっぱり一人で食べるには少し高いと思う。今日は宿代が安いから、まぁいいか。 さぁ、明日はいよいよトルコへ向かう。 市場の中のタベルナ 久方ぶりのちゃんとしたご飯♪ Location ■テッサロニキ国鉄駅Thessaloniki Railway StationMonastiriou 28, Thessaloniki 546 27, Greece

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Greece–Turkey 40-Day Journey / Day 8 カランバカの朝  7:00 — 起床。ベッドの上で今後の旅のおおまかな計画を練った。とりあえず明日の電車でギリシャ第2の都市・テッサロニキに行き、少し観光してからトルコのイスタンブールを目指そうと思う。テッサロニキからは国際列車が出ているのだ。   10時頃、宿を出て町に向った。途中、路上に果物屋が出現していたので、大きなオレンジを指差して「ポーソ カーニ?(いくら?)」と聞くと、「€1」と店のおじいさんが笑って教えてくれた。1つもらうことにしたら、吊るしたバケツにゴロンゴロンとオレンジを入れて測っている。€1/1kgだったみたい。大きなオレンジ3つで、1kgを遥かに超えてたけれど、€1にしてくれた。お金を渡す時、おじいさんは、両手で私の手を包んでからお金を受け取った。その幸せな笑顔に私も幸せな気分になった。 見上げれば絶景のカランバカの町 カランバカ駅  それからカランバカ駅に向った。明日の電車の時刻を確かめていると、英語の危ういおじさんから、「テッサロニキ行きはまだないよ」みたいなことを言われた。昨日の事があるので、そんなに驚かなかったけど、さて、どうやってテッサロニキに向おう?  私が考えこんでいると、おじさんは英語がもう少しできる駅員さんをつれて来てくれた。その人はカランバカからパレオファルサロスという国鉄の主要路線と繋がる駅までバスで行って、そこから電車に乗れば良いと教えてくれた。どうやって行くかは解ったけど、乗り換えがやや不安。二人にお礼を言ってから、昨日も訪れたバスステーションに向った。窓口の女の人に、「テッサロニキに行きたいんだけど」と聞くと、7時ジャストにダイレクトのバスが出ていると教えてくれた。それはラッキー!でもちょっと朝早い気がしたので、他の便はどうかと聞くと、あとはトリカラで乗り換えがあるとのこと。ダイレクトの方が安心なので、明日はがんばって早起きすることにした。チケットの購入は明日の朝で良いとのこと。 カランバカ駅 空手道場…? 食料調達  ようやく移動手段が決まったので、スーパーで少し買い物をした。インスタントでいいので、どうしてもコーヒーが飲みたい!スーパーで荷物にならない10袋入りのネスカフェのインスタントコーヒーを€0.7(98円)で買った。それから私の好みの食生活からはどうしても不足しがちな脂質と鉄分の補給のために、ナッツとレーズン(€0.91)も買った。ダンがナッツばかり食べていたので真似してみたのだ。移動の時、キャンディやガムじゃなくてレーズンやプルーンを食べたら栄養も取れて良いじゃないの。旅の間は節約も大事だけど、健康にも気を使わないと‥‥。  ところで、コーヒーといえば、ギリシャのカフェでメニューを見ると、だいたい何処の店でも、コーヒーの欄の一番上(一番安いコーヒー)に『Nescafe』と書いてある。アメリカでファミコンを『ニンテンドー』と言うごとく、こっちでコーヒインスタントコーヒーといえば『ネスカフェ』。コーヒーを買うのに、「ネスカフェ1つ」と頼むのは最初抵抗があったけど、もう慣れてきた。もちろんカプチーノやフレーバー、フラッペなどもある。ラテはあまり見かけない。  お昼に一旦宿に戻って、宿の共同キッチンでお湯を湧かして早速さっき買って来たコーヒーを入れて、パンにジャムをつけて食べた。あぁコーヒー幸せ!そして、朝、露店の果物屋で買ったオレンジを食べてみる。おいっっしい!!なんでこんなに美味しいの!今までの私の人生で一番美味しいオレンジだった。ギリシャ人って毎日こんな美味しい果物を食べているんだろうか。甘みが強くてジューシーで酸味も絶妙!びっくりした。きっと燦々と輝く太陽のおかげだろう。野菜も果物も驚くほど甘い。明日の朝一番大きいのを食べよう。  15時頃、宿の近くにある11世紀のビザンティン教会に行った。シエスタ中で中に入れなかったので、外観だけ見学した。それから町の中をのんびり散策。カランバカにはまた来たいと思う。町自体に何があるというわけではないけれど、上を見上げればメテオラの奇石群が天に届けとばかりに聳えて、梺にはオレンジ色の屋根の町並が広がっている。朝は朝市、夕方になるとタベルナやカフェから音楽が聞こえ出す。町の中心に行けば適度に賑やかで、どの通りにも動物がいる。  明日朝が早いので、早めにチェックアウトをした。部屋はあけておいて良いとのこと。夕飯はオイルサーディンとパンをかじった。1食€1程度。やればできるじゃないの。 スーパーで大きなパンとジャムとオイルサーディン、コーヒーを調達 ネスカフェ最高 Location ■カランバカKalampakaG, Kalampaka 422 00, GREECE

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Greece–Turkey 40-Day Journey / Day 7 月曜日の朝  ハッピーマンデー!店が開いている!昨日の夜は本当に暖かくてよく眠れた!髪も洗えた!洗濯物も乾いた!やっぱり宿は大事! 7:00 — 起床。支度をしてから町の中心部に降り、公衆電話から家に電話をかけた。ブログが更新されていないからと心配されていた。そんなに頻繁にネットカフェに行けないんだって!次に長期旅に出るときは、PCとネット環境を整えて行こうと心に誓う。ただ、持ち歩くの重いな……。 特に家では変わったことはない様子。電話を終えて、郵便局で妹にポストカードを送り、パン屋で朝ごはんのクルーリを買った。 宿の猫 宿の猫ズ 早すぎる再会  『地球の歩き方』に載っているメテオラ行きのバスストップ(バス停ではなく、広場にあるポイント)でしばらく待ったけど、バスが来る気配なし。またこのパターンですか。ハプニングにも、もう慣れてきた。 水を買うついでに売店のおじさんに尋ねてみたら、「メテオラ行きはない。100m先のバスステーションで確かめてみろ」という。わけが分からずバスステーションへ。ところがとても混んでいて、窓口に行くには相当時間がかかりそう。 近くにいたおじいさんに尋ねてみると、さっき私がいたところでいいという。やっぱりそうだよね、とガイドブックの情報を信じて元の場所に戻り、バスを待つけど、やっぱり来る気配がない。それなのに、通りすがりのおじさんが「メテオラ行きはそこでいいよ!」なんて声をかけていく。 どっちだよ! 棒立ちしていても寒いので、歩き回っていたら、昨日別れたダンとデイビットから「キヨ?」と呼び止められた。 早すぎる再会!  彼らが言うには、確かにバスはいつもはここから出ているんだけど、今はオフシーズンなので、そもそもバスが運行していないらしい。 そういうことか!英語圏の人の英語は分かりやすくて助かる!(笑) 今度こそちゃんとした情報を確かめにバスステーションへ行くと、やっぱり今の時期はバスがないとのこと。 タクシーでメテオラ山頂まで行くには€5かかる。高くつくなぁ……と思っていると、ダンが「3人でシェアすれば大丈夫さ!」と言ってくれた。 嬉しい!また仲間に入れてくれるのね! タクシーを捕まえて、メテオラ山頂にあるメガロ・メテオロン修道院まで向かった。間近で見る奇岩群は圧巻。かつてメテオラには24もの修道院が建てられたという。現在残っている修道院は6つ。 メガロ・メテオロン修道院 メテオラ観光  ダンが「僕らは2つ、3つ修道院を見て、歩いて村へ降りるつもりなんだけどいい?入場料が€2ずつかかるしさ」と言うので、「いいよ」と返事をした。私もそのつもりだった。  二人は今日中にここから西のイオアニナに向かうという。 「今日中!?」 びっくりして聞き返すと、「僕はゆっくり旅をするのが好きなんだけど、デイビットは素早く回って世界中を見てまわりたいんだよ」とダン。 コルフ島では少しゆっくりしたいとダンは言ってたけど、デイビットはゆっくりなんて絶対しないと思う……。  メガロ・メテオロン修道院に無事に到着! 修道院では服装について決まりがあり、ジーパン姿だった私は入口で「あなた、女の子よね?ダメよー」みたいなことを言われ、巻きスカートを借りてジーパンの上から巻き付けた。 「似合う似合う」とダンが笑う。  メテオラ最古のメガロ・メテオロン修道院はすごかった。中のイコン(宗教画)や博物館は威圧的なほど豪華。 キリストを中心にして使徒や天使が囲むドーム状の壁画、拷問の数々を描いたイコンに終始鳥肌が立ちっぱなし。金の飾りがたくさんついた重々しい衣装に、金ぴかのレイピアや銃を身に着けた人物が、旗を掲げて人の首を刎ねている。 室内に流れるビザンティン音楽を聞きながらそれらを見ていると、「何のために?」と問いたくなる。 じっくり時間をかけて見学してから、テラスに出た。一気に頭がタイムスリップから抜け出したような感じがした。 日本人のツアーの一行がいて、日本語が聞こえてくる。 ダンが近くにいたアジア系の男の子たちに、私たち3人一緒の写真を撮ってくれるように頼んだ。ファインダーを覗いて「わぉ!身長が!」と笑われた。 私は152センチしかないし、デイビットは2m以上あるからね。 「ドレミかな?」 「いや、ミドソだろ?」 などと盛り上がっている。  それからしばし休憩。ダンはトイレに行き、デイビットはどこかに行った。日本人のおばちゃんたちのシャッターを押してあげたりしていると、さっき写真を撮ってくれたアジア系の男の子に写真を撮ってくれと頼まれ、「いいよ」と手を差し出したら、 「違うよ、一緒に写ってほしいんだ」 と言われて、なぜかひと様の写真に写り込んだ。 ダンが笑いながらその様子を見ていたので、ダンの方へ歩いて行くと、 「彼ら、日本人?」と聞かれた。 「違うよ。『イーアルサン』って数えてたから中国人だろうね」と答えたら、 「そっかー、僕には言葉が分からないよ」だって。 いや、私だって分からないよ。 「ミドソ組」記念撮影 ダンからバナナもらった 修道院を飾るイコン 双頭の鷲の紋章 カストラキ村へ  メガロ・メテオロン修道院でかなり時間を使ってしまったので、あと一つだけ見学してから下山することにした。 ダンとデイビットは、今日の15:15カランバカ発のバスに乗らなければならない。 すぐ近くのヴァルラアム修道院に行ってみたけど、月曜日は休館日だった。あと一つをどこに絞るか作戦会議をして、帰り道に立ち寄れるルサヌ修道院に行くことにした。 1時間くらい歩いて、ルサヌ修道院に到着。この修道院は尼僧院で、こぢんまりとしていて、あまり見るところはない。でも、とても手の行き届いたこぎれいな修道院だった。 ここの見学はさくさくと終わったので、下山することにした。 ダンとデイビットが泊まっているキャンプ場があるカストラキの村を目指して歩いていく。 ダンからパンとオリーブを分けてもらって、お腹いっぱい。 道中、素敵な草むらを見つけて「いいわーー!」と写真を撮っていると、ダンが首をひねって、 「う~~ん、グレイトな……草むらだね!」と言った。 ダンがデイビットに聞こえないように声を落として、 「デイビットの言葉はアクセントが強いから、聞き取りにくいんじゃない?オーストラリアのなまりでさ」と言うので、 「そもそもデイビットはあんまり喋らないけどね。あ、でもさっき、トゥダーイ(today)とかマンダーイ(Monday)とか言ってたね」と言うと、 「そうそう、ソレだよ!」とニコニコしながらダン。 可愛いおじちゃんだなぁ、ダンって。 まさかこんなところで、高校生の時に授業で習ったオーストラリア英語のなまり知識が活用されるとは思わなかった。 二人で笑っていると、デイビットが振り返って、 「キヨ、大丈夫か?」とニッコリしたので、 「大丈夫、歩くの好きだから!」と片手を挙げて返事をした。 バッグに付けている万歩計を見ると、今日はすでに10キロ歩いていた。 そのうち、二人が泊まっているキャンプ場が見えてきた。二人はこれから荷物をまとめて、カランバカを発つのだ。 キャンプ場の前で、 「会えて本当に良かったよ」と言って握手をした。 「安全な旅をするんだぞ」とデイビット。 「イスタンブールでまた会おう!」とダン。 本当にお世話になりました!最高に素敵な人たちだ。どうもありがとう! ダンとデイビット ルサヌ修道院 グレイトな草むら カストラキここまで 修道院、下から見たら カランバカに延泊  二人と別れて、カストラキの村からカランバカの町まで歩いて帰った。途中、この寒いのにノースリーブを着こなす金髪美人のお姉さんから「メテオラはこっちで合ってる?」と聞かれて「うん」と答えたけど、美人に動揺して「結構遠いよ」と言いそびれた。 カランバカに戻ってきてからネットカフェに行き、友達にハッピーバースデーのメールをして、そのまま1時間ほどチャットした。その後、スーパーでオイルサーディンとジャム、パン屋で大きなパンを買った。全部で€1.2いかなかった……。こうやって食いつなげばいいんだ。 ちゃんとした食事は病気しない程度に数日置きでいいや。旅のお供にビタミン剤を持って来たのはかなり正解!  昨日の夕方この町に着いたので、まだ少し物足りなくて、明日までここにいることにして、宿のオーナーに延泊を告げた。 このオーナー、とてもひょうきんで面白い。 明日はカランバカの町を、じっくり散策しようと思う。 Location ■メガロ・メテオロン修道院Holy Monastery of Grand MeteoronG, Kalampaka 422 00, GREECE

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Greece–Turkey 40-Day Journey / Day 6 海外あるある移動トラブル 4:30 — 起床。 どのみち寒くて眠れないので、朝6:30発のラミア行きのバスに乗ろうと、町外れのバス停に向かった。けれど、バスも来なけりゃバスステーションも開かない。辺りは当然真っ暗で、星がまだきらめいている。 チケット売り場のおじさん、明日ここに来いと言わなかったか? 極寒の中、1時間くらい待っても全然バスがやって来る気配がないので、仕方なく再び宿に戻って待つことにした。 宿に戻ったとて震えるくらい寒いんだけど……。 9:00 — 再びバスステーションに行った。 その頃にはバスの乗客らしき人たちがいて、バスステーションのドアを引っ張ったり叩いたりして、首をひねっている。 あ、そうか! その時、天啓のごとくひらめいた。 日曜日だ! このあたりじゃ、ほとんどの店が日曜日は徹底して営業しないけど、まさかバスステーションまで営業しないだなんて! アテネから一緒だった中国人の女の子二人連れがバスを待っていたので、挨拶をして、「バスのチケットはどうしようか」「まぁ、バスの中で買えるだろう」などと話をした。 ギリシャの乗り物で無賃乗車すると、罰金がすごいのだ。抜き打ち検査にひっかかると、どんな理由があろうとも運賃の40倍の料金を払わされるらしい。怖い怖い。でも今日は仕方ないよね。だって買えないんだから! 中国人の女の子二人は英語が上手で、発音も良くてうらやましい。40日間旅をするのだと言うと、「遺跡に興味があるのね。でも、いくつも見てると全部同じに見えてこない?」と聞かれた。 まぁねぇ……。 「それでも自分の目で見たいの」と答えた。 二人はこれからアテネに戻るのだという。 10:30過ぎに、10:15発のラミア行きがやってきた。二人と別れてバスに乗り込む。 私のほかには、外国人男性バックパッカーが二人。 バスの中でラミア行きのチケットを€6.50で購入。昨日、バスステーションのおじさんは€7.80って言ってなかったっけ?コミッション込みの料金だったのかな。日本と違って至る所で手数料が発生するから、日本人は戸惑うよね……。 パーティー結成 ラミアまでは2時間だと聞いていたのに、1時間かそこらでバスが停まった。車掌さんが「ラミア、ラミア」と叫んでいる。 「ここ、ラミア?」 後ろを振り返って背の高い男の人に尋ねると、「違う。ラミアは乗り換えだ」とのこと。 えーーー、聞いてないし……。 どことも知れない場所で、ラミア行きのバスを待つことになった。あ!そういえばデルフィで会ったケンブリッジ在住のご主人が、「ここまで来るのが大変だった」って言ってた!詳しく聞けば良かったよね……。  さっきの男の人に「どこまで行くの?」と聞くと、「カランバカ」と言う。 「電車で?」と聞くと、 「バスだよ」と。 バスもあるの?? 私はラミアで電車(OSE)に乗り換えてカランバカに向かうつもりだったんだけど、ラミアについての情報が何もない。人口4万人以上の町らしいので、どこかで地図くらいは手に入るだろうと考えていたんだけど……。 私は咄嗟に、「一緒に行ってもいい?」と聞いた。絶対その方が確実な気がした。 男の人は笑顔で、「もちろん! ついておいでよ!」と快く承諾してくれた。 バス停でその人と話をしていると、デルフィから一緒だったもう一人のバックパッカーの男性がやってきた。 背が低くて、禿げたおでこと肩までの長い髪がヒッピー風に見える彼の名前はダン。カリフォルニア出身だとか。 最初に話をした、身長が軽く2m以上ある男の人はデイビット。オーストラリア人だそう。 デイビットがダンに、 「カランバカまで、この娘が一緒に行きたいってさ」 と説明すると、ダンが明るい声で、 "Sounds good! We’ve got a party now!(僕らはパーティーになったね!)" とニコニコしながら言った。ドラクエの仲間が増えた時の音が聞こえる。 移動の不安がなくなって、ちょっとほっとした。しばらくして、乗り換えのバスがやって来た。長距離バスは良い。重たいバックパックはバスの下に入れて預かってくれるし、車内は暖房が入っていて暖かい。 走ること1時間。ようやくラミアに到着した。 そして私は唖然。 目の前はガソリンスタンド。 荒涼とした風景の中、日曜日のため働く人すらほとんど見当たらない。 絶対、電車の乗り場なんて探せない。 「はーーー」と嘆息していると、デイビットがバスの運転手と話をして戻って来た。 バスは2時間待ちで、カランバカの一つ手前のトリカラという町でもう一度乗り換える必要があるという。 時間があるのでランチにしようか、ということになった。 食事ができる店を探して歩くけど、どこも日曜日なので開いてない。これはもう「日曜日の恐怖」としか言いようがない。やっと見つけた店で料理の値段を聞くと、チキンが1皿€10と言われた。結構高いので、スーパーで食料を調達することにした。 私が菓子パンを買うと、ダンから、「そんなジャンクなものを食べて……」と言われた。 道ばたでパンを水で流し込みながら話をした。 ダンは旅を始めて3か月、デイビットは1年になるんだそう。 私は友達が4月の末にギリシャに来るから、後で合流するんだと言うと、 「日本から?いいねぇ」とダン。 ダンはよくお喋りをする、優しくて楽しい人だ。 逆にデイビットは無口。黙々と歩いていく。 デイビットはオーストラリアに奥さんと子供がいるんだって。どうして1年も旅ができるんだろう? ここで乗り換え?え、無理。 ギリシャ正教会のカミラフカを着用した司祭様(帽子のてっぺんにつばがあるのでたぶん…) ラミア行きのバス カランバカ到着  それから1時間くらい待って、ようやくトリカラ行きのバスが来た。 トリカラまで€7。一昨日からの猛烈な寒さと、この移動の疲れがどっと出てきた。バスの中でウトウトしながら、今日は暖かい宿に泊まろうと心に誓う。 トリカラまで2~3時間。それからまたバスを乗り換え、カランバカまで40分。   体力の限界だと思っていたのに、ダンが指をさして教えてくれたメテオラの幻想的な奇岩群に圧倒されて、完全に目が覚めた。 空に向かってそびえる400mを超える巨大な奇岩。その上に建つ修道院。麓に広がるオレンジ色の町並み。 カランバカでバスを降りると、ダンとデイビットは、さらにメテオラに近いカストラキの村で宿を探すか、キャンプをすると言う。 私は疲れていたので、カランバカで休むと告げて、 「明日また会うかもね。本当にありがとう」と言って彼らと別れた。  さて、また一人になった。 バックパックを背負って、立地の良い安宿を尋ねたけど、改装工事中だった。 少し遠いけれど、デルフィで出会ったケンブリッジ在住の日本人夫妻から教えてもらった宿を訪ねてみようかと思って、緩い登り坂をのぼり始める。 もっと遠いかと思ったけれど、町から10分ほどでたどり着けた。 これが、すっごく綺麗な宿! トイレ、バス、暖房付きで、ベッドは大きくてふかふか。 共同だけど、冷蔵庫とキッチン用品は全部自由に使って良いとのこと。もちろん、いつでもお湯が使える。 これで€25! オーナーは楽しい人だし、もう値切る気にもならずに即決。 ベランダの椅子の上でネコが昼寝をしている。 €5でこの差かぁ……。 荷物を部屋に置いて、早速デルフィでできなかった洗濯をした。 やっぱり宿は大事だと痛感。寝るだけなんだしと思っていたけど、旅先ではそこしか帰る場所がないわけで。 夏ならともかく、寒いからといってカフェに入ったりしていては、余計にお金を使ってしまう。少し学習した。 それにしても、メテオラとカランバカは居心地が良い。 少しここでゆっくりしたいと思った。 カランバカ到着 宿を探して巨石に向かってゆるい登り坂を行く 素敵宿・アルソスハウスの外観(2005年当時) 暖房万歳!! カランバカで早めの夕食  一息ついてから町に降りて、ネットカフェの場所を確認。明日は友達のバースデーなので、メールしないと。 宿への帰り道、おじさんばかりがたまっているファストフード店でスブラキピタと水(€2)を買ったら、席に座って食事していたおじいさんが、ここに座りなさいよと手招きしてくれたので、相席させてもらって、一緒にテレビを見ながら食事した。€2(280円)でお腹いっぱい。 それにしてもテレビではハチの巣とハチミツの映像が流れていたのだけど、なぜかテロかなにかがあったような物々しい放送だった。現地リポーター、目まぐるしく変わる解説員、忙しく流れるテロップ、みたいな。大事件なのだろうか。ハチがぶんぶん飛んでいる。 しかし後になってギリシャのニュースはこういうものなのだというのが解って来た。 Location ■カランバカKalampakaG, Kalampaka 422 00, GREECE

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Greece–Turkey 40-Day Journey / Day 5 デルフィ遺跡  昨日は寒くて寒くてなかなか寝つけず、明け方、少し暖かく感じはじめたころには、凍死とはこんなものかと考えたりした。8時まで寝て、町の入口にあるバス停へ、明日のラミア行きのバスを確認しに行った。ラミアで電車に乗り、いくつか乗り継いでメテオラに向かうつもりだった  バス停に行く途中、60代くらいのアジア系の品の良いご夫婦に「日本の方?」と声をかけられた。「そうです」と答えると、「まー、こんなところで日本人に会うなんてねぇ」と奥さん。 二人はメテオラからデルフィにやってきて、これから遺跡を観光するのだという。このご夫婦は日本人だけど、イギリスのケンブリッジ在住とのこと。ギリシャやトルコでは、他のヨーロッパの国々からやって来た日本人に多く出会った。シーズンでもないこの時期、アジアからわざわざやって来る人は少ない。純粋に遠いもんね。 ご夫婦から、メテオラ観光の足場となるカランバカの町のお勧めの宿を教えてもらった。私がバスの時刻表を見に行くのだと言うと、「ここまで来るバスは本当に大変だったよ」とご主人。乗り継ぎで、不便な場所で2時間待ったとぼやいていた。  二人と別れてバス停へ。ラミア行きは6:30、10:15、15:00と、一日に3本あるみたい。お土産屋兼キオスクみたいなバスステーションでチケットの値段を聞くと、€7.80。2時間で着くという。 10時のバスでいいかな。でも夜までにはカランバカで宿を決めなければならない。かといって、朝6時半のデルフィの寒さを考えるとぞっとする。 手書きのバスステーション 手書きの時刻表 遺跡探索  バスの時間は後で考えることにして、今日は絶対行っておきたいデルフィ遺跡の観光に向かった。 チケット売り場で博物館の見学料込みのチケットにするかと聞かれたけど、€3をケチって「Ruinsだけでいい」と言った。ガイドブックに解説が載ってるから良いってことで。 せっかくこんなところまで行ったんだし、博物館は見れば良かったよね……。  デルフィは、最高神ゼウスが「世界の中心」と定め、ゼウスの息子であるアポロンが神託を授けた、古代ギリシャを代表する聖地。 世界遺産デルフィの古代遺跡は、神託が行われたアポロン神殿を中心に、山の斜面にしがみつくように造られている。周囲の山々の荘厳さもあいまって、観光地というよりも、今もなお「聖域」なのだと感じる大きな遺跡だった。 アポロン神殿にはかつて、『汝自身を知れ』という格言が掲げられていたとか。 古代劇場やスタジアムは本当に綺麗に残っている。古代劇場の観客席は、今でも普通に座れる。 スタジアムでは、観光にやってきた中高生くらいの男の子たちが一斉に駆け出し、陸上競技の真似事をしていた。その中に、さっきバス停の近くで会ったケンブリッジから来たご主人を発見して、「若いなぁ」と微笑ましく思った。 21年後の補足 2026年現在、古代劇場の観客席や舞台部分への立ち入りは制限されている。2005年当時は何気なく観客席に座ってトラックを眺めていたけれど、今となっては貴重な体験だったらしい。 アポロン神殿 デルフィの古代劇場(現在は立入禁止) 古代の陸上トラック(現在は立入禁止) カスタリアの泉  デルフィ遺跡から少し離れたところにあるカスタリアの泉(ストーカー避けになるから是非行くように、と友人に言われていた)と、マルマリア(アテナ・プロナイア)の神域を訪れた。 カスタリアの泉…? アテナ・プロナイアの神域 休憩  遺跡を堪能した後、町に向かって歩いていると、かっちょいい男の子4人組が手を振って、一緒に写真に写れと言うので写った。 腰に手を回すあたり、きっとイタリア人(偏見です)。 でもキャッキャとしているので、変な気があるわけじゃない。  町に戻って来て、寒さのあまりカフェに入った。サンドイッチとココアを注文(6.5€)。もうすぐシエスタの時間だよなぁと思いながら、暖かいので2時間くらい居座って、日記や手紙を書いた。 もう少し暖かければ安宿で充分だけど、寒い時期は暖房必須かもしれない。洗濯物は乾かないし、外を歩き回ったのにお風呂に入れないのも辛い。次の町では食費を抑えて、少し良い宿に泊まろうかと考えた。 ここがどのくらい寒いかといえば、室内で上着を着ていても、ガタガタと震えが来るほどだ。あまりの寒さに、思わず家に防寒着を取りに帰りたくなった。  ここ数年でユーロがとても強くなっていて、ギリシャの物価は安くない。サンドイッチひとつ買っても€2.4~3(480円)くらいする。 どうやって節約しようかと考えながらミニスーパーに入ると、食パンがたくさん入って€1.5ほどで売っていた。 これで食いつなげば2日くらい持つのでは?? 今度からそうしよう! スーパーで晩御飯用に、インゲンのトマトソース煮のような缶詰を買って食べた。これがとても美味しくて大正解♪ 0.3€の菓子パンを半分かじって、残りは明日の朝食べることにした。 ホットココアとサンドイッチ ミニスーパーでゲット Location ■デルフィ遺跡 Archaeological Site of DelphiDelphi 330 54, Greece

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Greece–Turkey 40-Day Journey / Day 4 アテネからデルフィへ  6:00 — 今日からアテネを離れてデルフィに移動しようというのに、外は嵐みたいな天気。早起きしたのになぁ……。ちょっと宿で時間を潰して、8時頃、ようやく風が落ち着いてきたのでチェックアウトしようとすると、受付の横で宿のおじさんが椅子に腰掛けたまま、うなだれて寝ていた。申し訳ないけど声をかけて、チェックアウトする。今日のおじさんは、いつもの「カブ」のおじさんじゃなくて、紳士的な人だった。  昨日調べておいたバス停へ向かう途中、クルーリ屋台を発見! 朝ごはんのクルーリ(Koulouri)を買った(€0.30)。「アフト パラカロー(これください)」など、少しだけギリシャ語にチャレンジした。 それにしても今日は異常に寒い! 暖かい飲み物が欲しくて、コーヒーショップに入ってカプチーノを買うと、€1.90。高っ! せっかくクルーリが安かったのに。カプチーノって万国共通で高いんだわ。  さて、バス停へ向かう途中のペリープテロ(キオスクみたいなところ)でバスの乗車券を€0.45で買って、『地球の歩き方』に載っているバス停で待つこと10分。バス停に無造作に貼ってある、走り書きのようなギリシャ語の貼り紙になんとなくイヤ~~な予感がする。 もう少し待ってから誰かに聞こうと思っていると、バス停にやってきたおばあちゃんからギリシャ語で声をかけられた。一生懸命説明してくれているのだけど、さっぱり言葉がわからない。 身振りから察するに、たぶん「バスは手を横に挙げて合図しないと停まらないのよ。私がお手本を見せてあげるから見てなさい」と言われているように思う。バスが通りかかって、おばあちゃんが片手を水平に挙げるとバスが停まった。  停まったバスの行き先番号が私の乗りたいバスと違ったので、乗り込んで運転手さんに聞いてみると、最近乗り場が変わったらしい。「その角を曲がって50mくらい先だよ。024番だから」と教えてくれた。  教えてもらったバス停で待っていると、間もなく024番のバスがやってきた。ジェームズ・ヴァン・ダー・ビーク似の運転手のお兄さんに「リオシオン・ターミナルに行きたい」と言うが、通じない。実は昨日もバスのチケット売り場で聞いてみたんだけど、通じなかった。「Liossion」の発音が違うみたい。 仕方ないので、こんなこともあろうかと準備しておいた必殺プラカード(メモ帳に大きくギリシャ語で「リオシオン・ターミナル」と書いたもの)を見せた。 「ここに行きたいの? 乗りなよ」 やっと通じた(笑)。  バスの中はアナウンスが一切ナシ。“そのあたり”にやってきたら、手すりについているボタンを押してバスを降りるという仕組みなんだけど、“そのあたり”がわからない旅行者なので、運転手のお兄さんに「着いたら教えて」とお願いして、一番前の席に座った。 ターミナルっぽい場所を通りかかったとき、運転手のお兄さんがバックミラー越しに絶妙な目配せをしたので、"Thanks!"と言って席を立とうとすると、「まだだよ!」と言われた。紛らわしいことしないで、ジェームズ。運転手のお兄さんが親切に「次だから」と教えてくれたので、無事にリオシオン・ターミナルにたどり着けた。ターミナル? バスの収納庫なんじゃ……? って感じの場所だった。 クルーリはギリシャの伝統的なパン。 リオシオン・ターミナル 長距離バスで移動  ターミナルの中に入って、デルフィ行きのチケットを€11.80で買った。リオシオン・ターミナルは長距離バスが出ているターミナルで、待合室には大きな荷物を持った人がたくさん座っていた。 私もそこに座ってバスの到着を待っていると、6~7歳くらいの男の子が私の膝の上に紙切れを置いていった。他の客にも同じように紙を配り終えた男の子が戻ってきて、私の顔をうかがう。 紙にはギリシャ語で何か書かれていた。私には読めないけど、たぶん「お金ちょうだい」だろう。私は「NO」と言って、他の客がしているように、紙を床に捨てた。男の子は、同じ年頃の子供とは思えないほど深刻な顔をして、いなくなった。 こういう時、お金をあげるかどうかは人それぞれだけど、何かを感じて考えることは大事な事だと思う。  10:30 — デルフィ行きのバスがターミナルに入ってきた。バックパックをバスの下に載せて、バスに乗り込む。長距離バスは全席指定。自分の席がわからなくてうろうろしていると、ガタイの良いお兄さんがチケットを見て、席を教えてくれた。 隣の席になったマダムと話をすると、彼女はデルフィで宿を経営しているという。「よかったらおいでよ」と誘われたけど、何気なくガイドブックを見たらBクラスのホテルだったので諦めた。  山がちな道を3時間ちょっとかけてバスは進む。車内には、ラジオから少し古く感じるような曲が流れてきた。高橋真梨子の『駅』をアップテンポにしたような歌だ。 出発して2時間経った頃、トイレ休憩があった。トイレに並んでいると、二人連れの中国人の女の子たちが、たまたま目の前が空いたので、途中から割り込んだ形でトイレに入った。別に急いでなかったので気にもしていないでいると、後ろにいたイタリア系のお姉さんたちが、 「あなたが先だったのにね!!」とご立腹。 また別のおばちゃんが入ろうとしたので、お姉さんたちが「このセニョリータが先なのよ!」と言ってくれた。周りの人全員に「ありがとう」と言って、トイレに入ることになった。  休憩からしばらく山道を走って、途中、絵に描いたように可愛いアラホバという町を通った。ぎっしりと詰まったオレンジ屋根の家に、石畳の道。タイプは違うけど、サントリーニと張る可愛さかもしれない。 ここで、バスに乗るときに席を探すのを手伝ってくれたお兄さんが降りていった。この町はスキーができることで有名なんだとか。 スキーやってそうだなぁと思って後ろ姿を眺めていると、お兄さんが振り返って、私にパチリとウインクした。 カーーッチョイーー、そのウインク! 私もやってみたい! でも顔が濃くないとムリなウインクだ。  細い道を大型バスと大型トラックがすれ違う。「おぉー! メルセデスダンプ!」と喜んで写真を撮るも、その後に見るバスもダンプもなんでもかんでもベンツ製で、面白くなくなった。ヨーロッパでは頑丈さを求められる大型車にメルセデス・ベンツが多いみたい。 アテネ→デルフィ行きのチケット メルセデス・ダンプ デルフィ到着  そんなこんなでバスは目的地・デルフィに着いた。 今日は朝から寒かったけれど、ここは山の上なので吹きつける風が死ぬほど冷たい。桜が咲き終わり、菜の花の匂いが町中にしているのに、この寒さ! ひとまず宿を探すことにした。大通りを歩いていると、宿の前に立っていた客引きのおじさんと目が合った。せっかくなので部屋を見せてもらうことに。 ものすごく良い部屋だった。 ダブルルーム、バス・トイレ・朝食付きで€35だという。バス・トイレ共同ならどうかと聞くと€30。高いだのああだこうだと言っていると、朝食なしにして€25にしてくれるという。 ものすごく良い部屋が、あっという間に€10下がる。 そそれでも節約の鬼姫(友人が命名)たる私は、「寝るだけなんだぞ」と思って他を見てみることにした。結局、別のペンションで€20の部屋を見つけて、そこに決めた。 アテネじゃないんだし、もう一声欲しかったけどなぁ。 だけど後から猛烈に後悔。 今日は寒すぎる。 暖房のあるさっきの部屋にするんだった。 E20の安宿 奥に光っているのはコリンティアコス湾 タベルナに初挑戦  それにしても田舎は良い。一眼レフカメラも気軽に出せる。聖なる山に囲まれたオレンジ色の町を探索しながら、写真を撮って回った。 それからお腹が空いたので、タベルナ(食堂)に初挑戦。オリーブオイルのスパゲッティとグリークサラダを注文した。 でも量が絶対一人前じゃない。フェタチーズがどーんと乗ったグリークサラダは、キュウリ、トマト、ピーマン、タマネギなどの野菜を、チーズとオリーブオイルと一緒に食べる。フェタチーズは塩辛いけど美味しい。(後で塩辛くないフェタに出会って、これにハマった) スパゲッティは「ウソでしょ?」と思うほど太くて、アルデンテのアの字もない。さらに上からチーズ攻め。でも、これが案外いける。 量が半端じゃないので、どちらも半分くらいしか食べられなかったけど、とても美味しかった。全部で€10.50。贅沢した。 でも、たまにはマトモな食事を入れないと、病気したら元も子もないので良いことにした。  そそれからまたちょっと町の中を散策して、夕方、宿に戻った。寒すぎて耳当てが欲しい。 夜はさらに気温が下がり、大変なことに。 安宿だから当然暖房はないし、シャワーのお湯もぬるま湯程度。間違いなく風邪をひきそうな気がして、髪は洗わなかった。ドライヤー持ってないもの。 少ない服を4枚着込んで寝た。 伝統的なギリシャのベッドは、布団や毛布じゃなくてラグのようなものを掛けて寝るようになっているみたいで、まるで暖かくない。 4枚重ねてみたけど、重たいだけ……。 グリークサラダ ごん太パスタ Location ■デルフィ Delphi

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Greece–Turkey 40-Day Journey / Day 3 初めてのギロ・ピタ  7:00 — 起床。昨夜は飛行機疲れのため、10時間寝倒した。支度をして、「出かけてきま~す」と宿のおじさんに挨拶すると、「おーし、帰って来たら、カフェに行こう! ギリシャのカフェはイイんだぜ!」と、昨日と同じことを言っている。(そして「俺のカブに乗って」を忘れない)  プラカ地区一帯をぐるぐると探検した。今日はちょっと肌寒い。 猫や犬がとても人懐っこくて、足下に近づいて来る。写真を撮りながら歩き回っていると、お腹が空いてきたので、ギロ・ピタ(€1.50)を食べた。周囲のお土産屋に気をとられていたら、見落としてしまいそうな小さな店だったけど、女の子たちが店の前でお喋りしながら食べていたので、そこが店なのだと分かった。 注文は窓から。狭い店の中に、白髪のおじちゃんと、炭火焼きの肉の塊が2種類グルグルと回っている。おじちゃんに「写真撮ってもいい?」と聞くと、店の中に入れてくれて、一緒に写真を撮らせてくれた。初めて食べたギロ・ピタはホントに美味しかった。削ぎ切り肉と野菜とフライドポテトをナンで巻いたようなやつなんだけど、ボリュームたっぷりで大満足! 落書きも秀逸 アントニスのギロ・ピタ ローマン・アゴラ  それから、ローマン・アゴラに向かう。昨日買ったアクロポリスとの共通券があるので、そのまま入場。ローマン・アゴラは、ローマ時代初期の市場兼集会場。入ってすぐのところに、「風の神の塔」がある。八角形のこの塔は、日時計や水時計として使われ、屋根には風向を示す風見も備えられていたらしい。上を見上げると風の神の彫刻がものすごく良い。  ローマン・アゴラは本当に民家のど真ん中にあってびっくりする。遺跡のすぐそばを普通に電車が走っていたり。ギリシャは古代と現代が近すぎる。 風の神の塔 遺跡と民家の距離感がすごい 古代アゴラ(アテナイのアゴラ)  それから、古代アゴラ(アテナイのアゴラ)とヘファイストス(テセイオン)神殿に向かった。 途中、ちょっと道を間違って、大通りじゃない道を通ると、おばちゃんが猫の大群に餌をやっていた。おばちゃんに挨拶したけど英語が通じなかった。しばらく猫たちと戯れた。ギリシャのおばちゃんは、猫を呼ぶとき「ピスピスピス」と言う。今度から私も使わせてもらおうと心に刻んだ。  そんなこんなで、古代アゴラに到着。ここもアクロポリスの共通券で無料で入れる。野の花がいっぱいの古代アゴラは、アクロポリスよりも感動。ここは、かの有名なソクラテスが人々と議論を交わした場所。弟子のプラトンも歩いたのだろうか。アトランティスについての最古の記述を残したという、あのプラトン先生が。是非とも直接お話を聞きたかった……。 猫の餌付けの規模ヤバい プラトン先生が立ったかもしれない演説台 移動の準備  2~3時間かけて古代アゴラを堪能してから、明日のバス乗り場を確認しに、シンタグマ広場方面に向かう。適当にこっちの方向だろうと歩いていると、モナスティラキ駅の近くのモナスティラキ広場に出た。生活感が溢れていて、ゴミゴミしている。道を調べようとベンチに座ったら、顔にペイントした気持ち悪いオジサンに声をかけられたので、思い切りガン飛ばして、その場を離れた。少し前からつけられていたのは知っていたけど、私の睨みは効果てきめんだったようで、それ以降ついてこなくなった。 本当にこの道で良いのか不安になり始めたころ、シンタグマ広場が見えてきた。見慣れた景色に安心!ここはもうだいたい庭だ(言いすぎ)。 喜び勇んでバスを確認しに行くと、バス停の表記が全部ギリシャ語!行き先が読めない…。ひとまずバスの乗り場だけは解ったので、発車時刻をデジカメで撮って、後でじっくり確認することにした。  14時頃、Everest(チェーンのカフェ)に入ってカプチーノとケーキ(€2.80)を食べる。オレンジとチョコレートのパウンドケーキは日本ではあまり見たことがない。とても美味しかった。でもカプチーノはSTREET CAFEの方が泡がきめ細かくてクリーミーで好みだった。  それからちょっと家に電話をかけた。母は国際電話は高いと思って気を使っていたみたいだけど、電話代はとても安い。€4(560円)のテレホンカードで、5回ほど日本に電話したけど、まだなくならない。公衆電話は基本的にどれでも国際電話がかけられるのでとても便利。便利といえば、郵便局(ELTA)でも両替が可能。場所によっては銀行よりもレートが良かったりする。  夜はさっさとシャワーを浴びて、明日からの計画を練った。このシャワーがなかなかの曲者で、迂闊に出しっ放しにできない。出し過ぎると時々水になったりするので(まだ寒い今の時期にそれは怖い)、濡らしたら一旦止めて、洗ってから急いで流す、を繰り返す。飛行機でもらったアメニティセットに入っていた靴下が寝る時に大活躍。持って来て正解だった。 あと、トイレが戸惑う。紙を一緒に流してはダメなのだ。詰まってしまうからなんだけど、朝なんかにぼーっとしていると、うっかりトイレの中に紙を捨ててしまいそうになるのだ。『郷に入ったら郷に従え』なんだけど、無意識でやっていたことを変えるのはなかなかに難しいものだな、と思った次第。 ぜんぜん読めないバスの停留所 必死の痕跡(ベッドの上) Location ■古代アゴラ(アテナイのアゴラ) Ancient Agora24 Adrianou, Athens 10555, Greece

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Greece–Turkey 40-Day Journey / Day 2 ギリシャへ(機内)  1:00 — SQ348にてアテネへ出発。搭乗ゲートの表示が出てから、ゲートが3回変わった。 この時期、アテネへ行く人は少ないみたい。近くに居たギリシャ人のおじさんが、「君はギリシャに行くのかい?」と気軽に声をかけてくる。手荷物を機械に通して、少しおじさんと話していると、またゲートが変わった模様。「4回目だよ、あっはっは」‥‥気楽だなぁ。  4度目の正直。今度こそちゃんと飛行機に乗れた。周りから聞こえてくる声が、ギリシャ語ばかりになってきた。「パラカロー(英語のPlease)」とか、くるくる回っている語感がなんともかわいらしい。飛行機のトイレで顔を洗って、就寝モードで席に着くと、サンドイッチとリンゴとポテトチップスというヘビーな夜食が配られた。  結構しっかりと寝て、身支度をしていると、日本人らしき女の子がこっちを見ていたので声をかけた。名古屋からきたというトモコちゃんは、妹のキョーコちゃんと一緒に10日ほどギリシャの島に滞在するらしい。 席に戻って、朝食を持って来てくれたスチュワードさんと話をした。「え?40日もいるの?友達とかは?」と聞かれたので「一人よ」と答えると、「ワオ!!君はアドベンチャラーだね!」と親指を立てて、グッジョブサインをいただいた。 アテネ到着  アテネの空港、エレフテリオス・ヴェニゼロス国際空港に到着!ついにギリシャにやってきた! 預けた荷物が出てくるのを待つ間、機内で会ったトモコ&キョーコ姉妹とお喋りをした。二人は予約しているホテルのあるシンタグマ広場に向かうという。私もひとまずそこから始めようと思っていたので、バスで一緒に行くことにした。  ツーリストインフォメーションでCityMapをもらい、E95番のエアポートバスでシンタグマ広場に向かう。オリーブの木を山程見かけた。40分くらいでバスはシンタグマ広場に着いた。バスを降りて、3人でキョロキョロしていると、変なおじさんが英語で声をかけてきた。「これが噂に聞く悪徳旅行会社の客引きか!?」と勝手に警戒。「ソーリー、もう予約してるのよ」などと嘘を並べておじさんの助けを断った。 空港のツーリスト・インフォメーション シンタグマ広場 宿探し  両替などをしたかったので、広場でトモコ達と別れた。 実に変わった子だった。なぜ旅先としてギリシャを選んだのか、お互いに聞きあったら「聖闘星矢が大好きだったの!」と嬉々として説明してくれた。そして妹がすごく疲れた顔でそんな姉を見ているのが面白かった。「パルテノン神殿でサオリさんのように君臨してきてねー」と言って手を振ると、トモコはビックリしたように振り返り「そんなこと言う人初めてよ!」と言った。  二人と別れて、まずやることは宿探し。荷物を置いて身軽になりたい。トモコが親切に、この辺りに日本人が経営している安心な旅行会社があって、宿を紹介してくれるだろうと教えてくれたのだけど、旅行会社で紹介してもらうような良いホテルに泊まるつもりはなかったので、安宿がたくさんあるというアテネのプラカ地区に向かって歩き始めた。(←アテネはじめての人)  プラカ地区の町並みはとてもかわいらしく、パステルカラーの壁の家々や石畳の道に、花やオリーブが色を添えている。ふと安宿っぽい「HOTEL」の看板を見つけて見上げると、ブルーのテラスが雰囲気がよくて、そこに入ってみた。道場破りさながら「たのもー!」という勢いで、誰もいない受付に向かって"Excuse me~!"と言うと、2階からバタバタと小柄なおじさんが降りて来た。シングルルームで安い部屋はあるかと聞くと、トイレとバス共同で、一泊€28とのこと。「2日泊まったらディスカウントしてくれる?」と聞くと、すごくしぶってから€25にしてくれたんだけど、まだ朝も早かったし、他を見ても良かったので、「他も見てみるわ」というと、最終的に1泊€20にしてくれた。「何がそんなに問題なんだ、俺のバイクはホンダのカブなのに…」とボヤかれたけど、聞こえていないフリをした。清潔な宿とはちょっと言い難いけど、シャワーもちゃんとお湯が使えるみたいだし、立地は申し分なかったので、バックパッカー初日に泊まる宿としてはなかなか良かったと思う。 夕方、ネットカフェで友達に「値切ったよ」とチャットを送ると、「いきなり逞しすぎる!」と絶句された。  さて、荷物を部屋に置いて、外出を告げようとすると、さっきの宿のおじさんが上の階から"Come on!"と手招きしながら叫んでいる。応じて上に登っていくと、なんと!真昼の太陽が照りつける屋上からはアクロポリスが見える!すごすぎ!!舞い上がって写真を撮った。「ちょっとあそこに行って来るわ!」と言って宿を飛び出したけど、まず地理を把握した方がいいだろうと思い直して、一旦シンタグマ広場に向かった。大きな道は全部この広場に行き着くので分かりやすいのだ。その分ここは、右も左も分からない旅行者が集まる場所なので、『まず騙されるのはこの広場』らしいんだけど、特に何事もなかった。シンタグマ広場の像のナニにオレンジが刺してあって、どこの国もやることは同じだなぁと思って、一人で大いにウケた。 HOTEL KOUROS どこの国でもやることは同じ アクロポリス  だいたい地理がつかめてきたので、本日の本命のアクロポリスに登ることにした。大きな道より、プラカの町を抜けていった方が気持ちがよさそうだと思って歩いて行くと、まるでポストカードのような小道があったり、犬猫がたくさん出て来たりして、大正解!途中、手書きの『←ACROPOLIS』の標識に、「マジで??」と思ったりしたけど、ちゃんと辿り着けた。  世界史の教科書の最初のページに、私はいる。 こんな大きな遺跡が、大都会アテネに聳えているんだから本当にすごい。紀元前5世紀に建てられたパルテノン神殿は、修復工事を受けながら、眼下に広がる変わりゆく街並みと、人々の姿をずっと見守っているように思えた。 手書きの「←アクロポリス」の看板 やってきましたアクロポリス! Location ■アテナイのアクロポリス Acropolis of AthensTheorias 20, Athens 105 55, Greece

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Greece–Turkey 40-Day Journey / Day 1 福岡空港から出発  旅立ち日和の良い天気。朝、母と妹と一緒に福岡空港へ出発。前日の夜、やっとバックパックに荷物を詰め終わり背負ってみると、「うっ」と息ができないほど重い…。乾電池を半分くらいに減らした。(今考えればそれも現地調達で間に合った)それでもたいした運動も、体を使う仕事もしていなかった筋力不足の私には充分重い。でももう減らせるものがないのだった。  9:00 — 福岡空港に到着。早速荷物を預けてしまおうと、搭乗手続きをしに行って荷物を測ると、たったの9.4キロだった。母と妹から「大袈裟~~~」と笑われる。「あんたの言い様だと15キロくらいあるのかと思ってたわ」と。だって私もそのくらいあると思っていた。世の中30キロのバックパック背負って歩く女性もいるっていうんだから、このくらいでへこたれてどうするってね。がんばらねば!  10:30 — 母と妹に手を振って、SQ989 シンガポール行きに乗り込んだ。実は一人で飛行機に乗るのはこれが初めて。なんだか冒険が始まった気になってきた。気分が上がってきたので、さっそく機内で『シンガポール・スリング』というカクテルを頼んだ。スッキリとした甘さで、南国の味がした。すきっ腹にカクテルとワインを飲んで爆睡。旅慣れてるわけでもないくせに、いったいいつ明日からの計画を立てるのか‥‥ シンガポールでトランジット  15:55 — シンガポールのチャンギ国際空港に到着。日本との時差はマイナス1時間。1時間分西に来た。空港の温度表示は36度。どうりで空気がムっとしているわけだ。この空港は、高校生の時、修学旅行の乗り換えで立ち寄ったことがある。なんだか『黄色い』という印象が強く残っている空港だったけど、10年ぶりに来てみてもやっぱり黄色かった。  トランジットの案内に従って、搭乗ゲートを確認しようとしたけど、日付が変わった翌日深夜1:00のフライトで、時間がありすぎるので、まだ解らないという。待ち時間9時間をどうにかしてつぶさなければ、ということで5千円をUSドルに両替した。可愛いカフェがいくつもあったので、入ろうかと思ったけど、お茶やパンを買って節約。旅は始まったばかり。節約できるところで節約せねば。 空港内のフリーのインターネットを使って妹にメールしたり、友達をチャットに呼びつけたりして過ごした。パソコンの設定なのか、15分おきにIEが落ちて少し面倒だけど、それ以外は文句ナシ。便利な世の中だよねぇ…。 シンガポール・スリング 無料のインターネットスペース Location ■シンガポール・チャンギ国際空港 Singapore Changi Airport60 Airport Blvd., シンガポール 819643

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ギリシャに行こう。エーゲ海を見よう。心の声がそう言った。 社会人になって5年。仕事にも慣れてきて、ちょっとマンネリな日々。 時々、一人きりになりたくなったりする。一人きりじゃ生きていけないことは解っているにもかかわらず。誰も私を知っている人がいない場所で、自分の考えたいことだけを考えて、自由でいられたら。そんなことを思う。 大事なものが何なのかを忘れてしまう前に、何かこう、動く必要があるのかなと思った時、一番最初に思い付いたのは、一人旅だった。 一人でどこかに行くなんて、地元の九州から関西までしか行ったことがない。海外旅行の数だって、そんなに多い方じゃない。だけど、なぜか「そんなことができるだろうか?」なんてことは一つも思わなかった。 「できるかできないかは問題じゃない。やるかやらないかだ」 と思っただけだった。 そこで、会社と家族と友達に旅に出ることを告げた。福岡−アテネ間の90日間オープンチケットを12万くらいで買って、出発日を3月末にした。ゴールデンウィーク頃に友達と現地で待ち合わせようなんてことを、ノリだけで企画してみたりして、とてつもなくお気楽でアバウトな計画を立てた。 出発まで、旅の準備は少しずつしていったけど、具体的なプランはまるで考えなかった。ガッチリと予定を決めてしまわない方が良い気がしていた。 自由な旅なんだから、自分を目標に向かって急き立てる必要もないわけで。何をしたっていい。何もしなくたっていい。そんな旅に憧れたんだから。 それこそ気に入った土地があれば、旅の期間中ずーっとそこに居て、絵を描いたり、本を読んだりしても良いと思っていた。 でもそこはやっぱり私。 「せっかくならいろいろ見てまわらなきゃ!」 という貧乏性のおかげで、じっとしていられないに決まっている。 案の定、そうだった。 これは、そんな私の40日間の旅の記録です。