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Greece–Turkey 40-Day Journey / Day 25 旧市街の朝 朝、とても気持ち良く起床。ベッドの横に大きな窓があるので、とても気分が良い。オレンジとパンを食べて、グランド・マスターの宮殿に向かって出発。町はまだ静かだ。 ロドスは路地が良い。パン屋の横を通りかかると、前掛けをした大きなおじさんが、片手に子猫をわしづかみにして、納屋の裏に移動させていた。表にいたら危ないからかな。なんだかジブリ映画みたい。 光が差し込む宿の部屋 宿の前に集まる猫たち グランド・マスターの宮殿 グランド・マスターの宮殿に繋がるイポトン通り(別名・騎士団通り)は、ゆるやかな坂道で、とても雰囲気があるのだけど、常に観光客の団体がいて、まるで絵にならない。朝9時に来てみても、やっぱり団体さんがいた。 グランド・マスターの宮殿に到着。大きな四角い石を積み上げて造られた、質実剛健な建物だ。きらびやかな装飾はないけれど、すごくかっこいい。 明かりを灯す燭台は、一部屋ごとに違った花のモチーフになっている。第一次世界大戦後、イタリア統治時代にはムッソリーニのための別荘として整備されたのだそう。床にはたくさんのモザイク画が残っていたし、ラオコーン像は生々しいほど迫力がある。 個人的には廊下や階段がツボ。いつでも敵の襲来に備えていたのだろう。飾りもなく広々として、天井が高い。 ロードス島の中世都市・騎士団通り 騎士団長宮殿の2階回廊。かつての聖ヨハネ騎士団の権威が漂う重厚な石壁と美しい連続アーチ 『グランドマスターの宮殿』の堂々たる正面玄関。 重厚な中世の石壁を背に咲く春の藤の花 植木鉢が並ぶ宮殿内の美しい石階段 花や植物を模した優美なアイアンの壁掛け燭台 重厚感あふれる石造りの大階段 宮殿の床に広がる古代ローマ時代のモザイク画 ランチとショッピング お昼頃、ランチにしようと思って、昨日地元の子で賑わっていたファストフード店「GOODY’S」に行ってみた。ピタやハンバーガー、サンド、ポテト、サラダバー、ジュースなどがあった。ナスが入ったサンドとスプライトを頼んだ。 ドリンクが間違えてコーラになっていたので「これ違うよー」と言うと、「あー、問題ないよ」と言って、すぐに替えてくれた。 席に座って食べていると、楽器を持った男の子が、歌を歌うからお金をくれと声をかけてきたり、女の子が犬の人形をたくさんカゴに入れて、買わないかと言ってきたりする。こういう風景は、日本では見られない。 それからスーパーに寄って、パンテーンのシャンプー+コンディショナーを買った。日本でもお馴染みのブランドだけど、種類がいろいろあって面白い。ちなみにパンテーンは11種類もあった。 美容液やボディクリームなんかには、ハイドロキノンやレチノール配合で、シミやシワに効きそうなモノがある。しかも、びっくりするくらい安い……。スーパーが宝箱に見えてきた。 1時間半くらい、いろんな物を手に取って感心しては棚に戻しながら、いつかこういう買い物メインで来たいなぁと思ったりした。 それから、ずらりと並んだお土産屋の一つで、お土産用に荷物にならない小さな絵を数枚買った。 ハチミツ、オリーブの瓶詰め、大理石のチェス……。全部重すぎる! ロード・オブ・ザ・リングのチェスセットを見かけた。ホビットがポーンで、最前列。フロドは何だったんだろう。あいつは果たしてポーンなのか、キングなのか……。€60の立派なやつだった。 21年後の考察 21年間放置していた「フロドは何の駒だったのか」問題について、改めて考えてみた。 フロドは本人の戦闘力だけならポーンだけど、「一つの指輪」を持っている以上、敵に取られたらほぼ世界終了。つまりキング。 クイーンは文句なしにガラドリエルの奥方。 そしてサムは、最初はごく普通の庭師=ポーンなのだけど、盤面の最奥まで進んだポーンはクイーンに昇格できるらしい。 ホビット庄を出て、モルドールの最奥までたどり着き、最後には動けなくなったキングまで背負って進む。 あれ、……サム、クイーンじゃない? なお、映画版を見たら、アルウェンは前衛に置きたい。 21年経っても、特に役に立たないことばかり真剣に考えている。 ナスのサンド パンテーンのシャンプー&コンディショナー チンチョンチャン ロドスに来て、何度か通りすがりの男の子に「チンチョンチャン」と言われて、ちょっとだけムッとしている。 3度目の時、文句を言ってやろうかと思ったけど、相手は子供だぞ、と落ち着いて「それは何?」と聞いてみた。中国人や日本人、韓国人を指す言葉なのだそうだ。だいたいそんなことだろうとは思っていたけどね。 中学生くらいの歳頃の男の子たちに「日本語で I love you って言ってよ」と言われたので、「え? 愛してる?」と言うと、 “Oh! Do you love me?” と、ひょうきんに笑っていた。 少なくとも目の前で笑っている少年たちの「チンチョンチャン」には悪気なんて全くないのだ。 Location ■グランドマスターの宮殿Palace of the Grand MasterIppoton, Rhodes Town 85100, Greece
Greece–Turkey 40-Day Journey / Day 24 船でロドスへ 朝5時半に起きて、6時半過ぎに宿を出た。出国手続きがあるので、8時までに必ず来いと言われていたのだ。ロドス行きのフェリーが出る港までは、荷物を背負った状態なら歩いて30分くらいかかる。 7時に港に着いた。敷地内には、人っ子一人いない。フェンスの向こうを、犬の散歩をしているおじさんが通っているくらいだ。あと30分もすれば人が来て、手続きをしてくれるだろうと思い、ベンチに座ってiPodを聴きながら時間を潰した。 7時半を過ぎて、カナダ人らしきバックパッカーの男の子が二人現れた。でも港の職員は誰一人としてやって来ない。 8時5分前。ようやくぱらぱらと職員がやって来て、準備を始めた。トルコ人に30分前出勤とか、そんなことをする人はいないのかもしれない。そして来てまずやることは、コーヒーを飲むことだ。 コーヒーでくつろぐ職員に船の予約の紙を見せると、「あぁ、ちょっと待ってね」と、すぐに私の名前が入ったボーダーカードが出て来た。ありがとう、エルマン! その場で€40を支払って、発券完了。 8時近くになって、ゾロゾロとヨーロッパからの団体さんがバスでやって来た。一緒に並んで出国手続きをした。パスポートコントロールの前に、飛行機みたいに荷物を流して機械に通すんだけど、私のナイフには反応しなかった。 大丈夫なのか?? ナイフと共に乗船(笑) 船の甲板から見るマルマリスはとても綺麗だった。 トルコではいろんな思い出ができた。貴重な体験もした。トルコ人の日本人好きにはかなり参ったけど、また来たいと思う国だった。トルコで出会った人たちの温かい笑顔を思い出しながら、船の窓から景色を眺めた。 もう使えなくなってしまうトルコリラで、たっぷり入ったコーヒーを買った。ナイスチョイス。 ロドス行きチケット販売所 マルマリス〜ロドスの高速フェリー ロドス到着 9時に出港して、なんと10時にロドスに着いた。 これで€40(5,600円)は高すぎる! ともあれ、ロドスが見えた瞬間からわくわくした。いきなりドーンと城壁が見えてきたのだ。騎士の街は、まるでゲームの世界みたい。 早く街を探検したかったのだけど、とりあえず港から家に電話をした。それほど大きくはなかったようだがまた地震があったらしい。あと10年、20年もすれば、日本は海の底に沈んでしまっているかもしれない、などと思う。そしたら何処に移住しようかな……。 電話を終えて、ピレウスへの船を確かめるため、港の近くに並ぶ旅行会社を訪ねた。ピレウスへの便は、ほぼ毎日あるらしい。 友達との待ち合わせは28日。ロドスには長居したい気がしたので、26日の夜行の船を取ってもらった。一番安い席で€41(5,740円)と、これまた高い。 まぁ、一晩船の中で過ごせるので、宿代が浮くのはせめてもの救いか。14時間の船旅だ。そろそろシーズンに入ってきて、いろんなものの物価が上がりはじめているような気がする。 フェリーから望むロドス島の城壁 ロドス島・マンドラキ港のシンボルシカの像 中世への入り口、ダンボワーズ門 時間が停まったようなハチミツ色の石畳の路地 宿探し フェリーのチケットも買ったことだし、さっそく宿探し。 ロドスは、城壁に囲まれた中世の姿を残すOLD TOWN(旧市街)と、ビーチリゾートのNEW TOWN(新市街)に分けられる。宿を取るなら旧市街の方が雰囲気がありそうだと思って、最初に見つけた城門から旧市街に入った。 そしてびっくり! なんだこの人の多さは! 見渡す限りの欧米人観光客に、しばし呆然とした。ロドスはギリシャでも屈指の観光地で、トルコからの日帰り観光客もやって来る。ここはすでに観光シーズンを迎えているみたい。でもアジア人は一人もいない。 お土産屋やレストランがずらりと並んでいる道を通って、旧市街の奥へ奥へと足を進めた。これだけの観光地とくれば、宿の相場は高いに決まっている。ガイドブックを見ても、ユースホステルでさえ€25~。ユースじゃなければ€40~だそう。 節約の鬼姫の私が、そんな所に泊まるわけにはいかない。 安宿がありそうな、多少不便な奥まった路地に入っていき、何軒か尋ねてみた。この辺りでもやっぱり1泊€40とか€30とか言う。 「5泊したいんだけど、安くなる?」 と聞くと、€25にしてくれた。でもまだ下げたかったので断った。カランバカでは€25の宿に泊まっていたのに、トルコの安さに味をしめてケチになっている。 細い道をきょろきょろしながら歩いていると、路地の奥に宿らしき看板が。 中に入ってみると、なんて可愛い! 今まで泊まったどの部屋よりギリシャっぽい、白と青と緑のこぎれいな部屋だった。バス・トイレ付きだと€35、共同だと€25だと言われたけど、 「もっと安い部屋を探してるの」 とねばると、€22にしてくれた。 もっと探しても良かったんだけど、宿のマダムの笑顔があまりにも素敵だったので、ここに決めた。宿泊カードを記入していると、このお洒落で可愛いマダムが、紅茶とクッキーを持って来てくれた。 素敵過ぎる宿のマダム 可愛すぎる部屋の鍵 待ちに待ったランドリーへ 部屋に荷物を置いて、今日まずやること。 それは洗濯。 ランドリーにジーパンを洗いに行きたい。ほとんどアウトサイドで過ごした20日間、一度も洗っていないため、履いているだけでなんだか臭いし、ジメっとする! ロドスはランドリーが安いと聞いていたので、この日を待っていたわけ。トルコでは1,200円と言われたところ、こっちでは630円だった。 よっしゃー! 臭くない!! ついでにパジャマ代わりのスウェットも洗った。なんだか軽くなった(おいおい)。 それから旧市街をうろうろして、次に城門を出て、新市街にも足を伸ばした。やっぱりギリシャはオシャレだ。新市街は、アメリカンリゾートっぽい雰囲気。海水浴ができる浜まで歩いてみたけど、海はとても綺麗だった。すでに水着で肌を焼いている人や、泳いでいる人がいる。 ATMが見つからず、仕方なく銀行でT/Cを現金に換えたら、次の通りでシティバンクのATMが見つかった。 ド畜生。 大きなスーパーを見つけたので、5日分の食料を買いこんだ。この辺りじゃタベルナも高くて、一人じゃ入れない。友達と合流した時に、ちゃんとしたギリシャ料理を食べに行こう。 それにしても、中世の街のような旧市街は、どの通りも同じように見えて、今日一日歩き回って一度も同じコースを歩けなかった。 (注:私は方向オンチです) 生活する気満々♪ Location ■ロドス旧市街Rhodes Old TownMedieval Town, Rhodes 85100, Greece
Greece–Turkey 40-Day Journey / Day 23 なにもしない日 いいよいよトルコ最終日。早めに起きて、8時前に宿を出た。街が騒がしくならないうちに、写真を撮っておきたかった。そこで今日は、静かなところを探して、マルマリスの近郊に出かけることにした。 昨日、関西弁のおじさんと行ったロドスへのフェリー乗り場を通り過ぎて街を抜け出し、湾に沿ってどんどん歩いた。気に入った景色が見つかると、立ち止まって写真を撮ったり、時々海辺に降りて石の上に座ったりして、景色を眺めた。 マルマリス朝の港 マストが空を刺すマルマリスの彩り お城へ続くノスタルジックな裏路地は建物の構造がとにかくユニーク 路地裏の不思議。古びたマットレスと子猫 これぞ一人旅の醍醐味。気ままなお散歩 iPodで音楽をがんがん聴きながら歩くのは、この旅に出て初めて。いつもなら、人にものを尋ねたり、情報を集めたりで、耳をふさいでおけないのだけど、今日はもうひたすら歩くだけなので、そんなことは気にしなくて良い。なんとも気が楽だ。 昨日の夜からずっと食べ続けているスピニッチパイを、お弁当代わりに持って来た。あとは水をどこかで仕入れなければ。 1時間半ほど歩いて、ようやく売店が見つかった。水とアイランを購入。おばちゃんが、細かすぎるおつりをガムでも良いかと聞いてきたので、「良いよ」と答えてガムを受け取った。 トルコはご飯は美味しいけど、ガムは美味しくなかった。ガムというよりゴムの味がする。いや、味じゃない。味がしない。 2時間半くらい歩いたら、道の突き当たりがホテルになってしまったので、そろそろ戻ることにした。 途中、海のそばの岩の上に座って、スピニッチパイとアイランで昼ご飯にした。このスピニッチパイだけど、昨日の夕方、パン屋さんで1つ丸ごとじゃ大きすぎたので、切ってもらってグラムで買ったんだけど、まだ食べきれない。昨日の夜から、朝、昼と3食同じモノを食べているのに。 「もったいないお化けが出る」と言われようが、さすがにそろそろ飽きて来た。 今日はのんびりした一日だ。たまにはこういう日も良い。 昼ご飯を済ませた後、また2時間半かけて戻らなきゃならないので、そろそろ街に引き返すことにした。なんたってトイレも無いし。 「何もしない時間」で出会えた小花の絨毯 湾の対岸に先ほどまでいたマリーナのヨット群 安定のアイラン なぜか日本語の先生になる 14時頃、街に戻って来た。帰り道はなんだか早かった。 またしてもレストラン街でカフェのお兄さんに声をかけられたので、「ごめんなさい、お腹いっぱいなのよ」と断ると、「ちょっと待って! 日本人でしょ? 日本語教えて!」と言われた。 『What's your name?(英)/名前はなんですか?(日)/namae wa nandesuka?(読み)』 みたいなあいさつ表をいくつか書いてあげたら、ものすごく喜ばれた。 カフェのオーナーがやって来て「彼女の職業はなんなんだ? 先生か?」と聞くと、周りが「違うみたいだけど、先生みたいなもんだよ」と言っている。 全然違うから。 「日本語の最後は全部『デスカ』なの?」などと聞かれ、「う~ん、そうじゃないのもあるけど、とりあえず今はこれだけ覚えて」と言ってきた。日本語は難しいのです。 それからネットカフェに行こうと歩いていると、自称ムエタイチャンピオンの背の高いおじさんに声をかけられ、自分のメールアドレスを無理矢理押し付けられた。 マルマリスのネットカフェは1時間2YTL(160円)で良心的。でも、すでに10YTL(800円)しか所持金がないので、一心不乱にブログを更新して、急いでネットを終了。 海外の旅先で財布にこれだけしかお金がないのは、自分でもすごいと思う。でも、今からトルコリラを作っても仕方ない。 アーケードの近くをぶらぶらしていると、PTT(郵便局)の近くに大量の公衆電話を発見。トルコ人だってみんな携帯を持ってるにもかかわらず、これでもかと言わんばかりに電話が並んでいる。おもしろい……。 21年後の補足 当時は「こんなに電話ボックスいる?」と思って面白がって撮った一枚。 でも今になって調べてみると、国境を越える旅行者が行き交う港町マルマリスでは、携帯電話の海外利用が今ほど気軽ではなかった時代、公衆電話は旅人が家族や友人と連絡を取るための大切な手段だったらしい。 何気なく撮った写真に、ちゃんと2005年が写っていた。 今日はトルコ最終日なので、スーパーでトルコの地酒・RAKI(ラク)を買った。 「ラクの小さいの置いてる?」と店のおじさんに聞くと、「ラク? お酒だよね? あるけど……」と戸惑われた。 まだ日の高いうちから酒を買おうとするアジア娘は、相当変だったに違いない。おじさん3人に取り囲まれて、「コップもいるだろ、持っていきなよ」「水との割合は1:1だからね」などと、甲斐甲斐しくレクチャーを受けた。 宿に帰って、さっそくラクを試してみることに。水で割ると白く濁って楽しい。 ……のだけど。 強烈な香りはアニスらしい。甘い匂いのするお酒で、つまみをポテトチップスにしたのは間違い。ナッツ類の方が良かった。でもやっぱり苦手かな……。エフェスビールにすればよかった。 アルコール度数は50度だった。 残ったのは2YTL。きっちり使えた。 あと1時間ネットができたなぁ(もういいって)。 明日は早起きして、フェリーで国境を超えて、ギリシャのロドス島へ向かう。 ズラリと並んだ公衆電話は、国境の港町だからこその光景だったのかも トルコの地酒・ラク(Rakı) Location ■マルマリスフェリーターミナルMarmaris FerrySarıana mah, Mustafa Münir Elgin Blv, Günnücek, Marmaris Cruise Port, 48700 Marmaris/Muğla, Turkey
Greece–Turkey 40-Day Journey / Day 22 パムッカレ→デニズリ→マルマリス 昨日の夜22:30頃、誰かが部屋をノックして、「ツーリストなんだけど、パムッカレについて聞きたい」と言ってきたので、「そんなに良く知らない」とドア越しに答えた。 寝ようと思ったら、さっきの人が変な人だったりして……などと考えて寝つけなくなってしまったので、ナイフを枕元に置いて寝た。 朝起きて、10時前にチェックアウト。今日はデニズリからエーゲ海沿いの港町・マルマリスに向かう。 10:20 — 旅行会社の前に来いと言われていたので行ったら、エルマンはいなかった。イサさんに見送られてデニズリに向かって出発。エルマンとのり子さんによろしく伝えてもらうように頼んだ。 デニズリのオトガルで、野菜とケバブを巻いたラフマジュンを食べた。美味しかったけど、アイランと合わせて4YTL(320円)。朝ご飯にしては、ちょっと使い過ぎた。 昨日、雨の中を歩いたせいで少し風邪気味なのか、消化不良になり、バスの中で少し気分が悪くなってしまったのだけど、 バスで隣の席になったニライという女の子が、めちゃくちゃフレンドリーで、モスクで唱える歌のようなもの(賛歌みたいな感じかな?)の本を、バスに乗り込んできた物売りのおじさんから買って、私にくれた。ニライがすごく話したそうなので、眠ることができなかった。 4時間ほどで、バスはマルマリスに到着した。 トルコの伝統のファストフード「ラフマジュン」 マルマリス到着 今日は天気が良く、山の上から見るエーゲ海はとても綺麗な青をしていた。山あり、海ありで、とても綺麗な街だ。 宿に入って、ユーロで支払えるかどうか聞くと、オッケーみたいで一安心。 トルコに滞在するのは、今日を含めてあと2日。その後は船でロドスに渡るので、これ以上トルコリラに両替するのもなんだし。 宿に荷物を置いて、ロドス行きのフェリー乗場を見に行くことにした。街の隅っこから歩いても、25分くらいのところにあるらしい。 通りを歩いているだけで、海沿いにずらりと並んだレストランや絨毯屋、陶器屋、その他イロイロから声をかけられて、ちょっとうんざり。 明日から【声かけたら許さん】みたいな貼紙をして歩こうかと、本気で考えたりした。 客引きさえいなければ、道に沿って並ぶボートはカラフルで可愛いし、素敵な街なんだけどなぁ。ゆっくり見て歩きたい……。 トルコ南西部エーゲ海と地中海の交わる美しい港町マルマリス 宇宙飛行士像 海沿いを歩いていると、突如として現れる宇宙飛行士。 なぜマルマリスにNASA……? リゾート地に突如現れたガチ装備の宇宙飛行士像に違和感しかなくて、とりあえず写真だけは撮ったものの、当時はそのまま通り過ぎてしまった。 21年後の補足 ブログを書くために調べてみてびっくり。これはNASAの宇宙飛行士ジェームズ・F・レイリー2世にまつわる記念像だった。レイリーはトルコ国旗とマルマリスのペナントを宇宙へ携行しており、それを記念して建てられたものらしい。 台座には、トルコとアメリカがともに宇宙を探究し、その協力によって世界がより良い場所になることを願う言葉が刻まれている。 ただの「リゾート地に突如現れた違和感しかないガチの宇宙飛行士」だと思って撮った一枚に、こんな秘密があったとは(笑) 21年前の私よ。せめて台座を読め。 NASAの宇宙飛行士ジェームズ・レイリー2世を称えるブロンズ像 デカい猫が突進してくる 関西弁のおじさん レストラン街の喧騒を通り抜けたところで、自転車に乗ったおじさんに出会った。 やけにニコニコした顔で見られているなぁと思っていると、案の定話しかけてきた。 「日本人? 何しにこんなところまで来たん?」 めちゃくちゃ上手い日本語だ。 「船でロドスに行くの」 と答えると、 「あーね! せやなかったら、あんまりここには日本人来んもんなー」 と、全部日本語なのだ。 この旅で出会ったどの人より日本語が上手い。 しかも……関西弁? ロドスへのフェリー乗場はどこに行けば良いのか尋ねると、おじさんも詳しくは知らないらしい。 「あっちの方やとは思うんやけどなー。着いてってもいい? 勉強になるしな」 と、断りようのないお願いをされて、一緒にフェリー乗場を探すことになった。 「今、仕事ないから、魚釣りばっかしててん」 と、イントネーションまで完璧な関西弁なのが面白い。 ちょうど今は“ツーリスティックホリデー”なんだとか。「この期間はみんな普段の仕事を休んで、観光客を迎えるために街をきれいにするんだよ」と聞いた。 パムッカレで初めて『ツーリスティックホリデー』のことを聞いた時、ホリデーなら休みなのかと尋ねると、そうではなく、通常の仕事を休んで、みんなで観光シーズンの準備をする週になっているのだそう。 いたるところで家の壁を塗り替えたり、リフォームをしたりしているのは、そのためだったんだ。
Greece–Turkey 40-Day Journey / Day 21 おかしな展開 昨日の夜は、嵐のように風が吹き荒れていて、天気を心配したけど、朝起きてみると、曇ってはいるけど外に出られなくはない天気だった。快晴の青空の下でパムッカレの白い石灰棚を見たかったけど、お天気ばかりはしかたがない。 8:30 — 朝ごはんを調達しに外に出ると、昨日の旅行代理店の店長・イサさんにばったり会った。「おーー!俺のシスターじゃないか」と肩を組まれ、そのままオフィスに連行されて「まぁ茶ぁでも飲んでいきなさい」ということになったので、コーヒーを一杯頂くかと思っていると、奥様ののり子さん(日本人)と、昨日チケットを手配してくれた兄さん・エルマンがやってきて、朝食に混ぜてもらうことになった。思いがけずタダメシ! のり子さんは2年前にイサさんと結婚したのだという。学生時代にトルコを旅行したときに、イサさんにチケットを手配してもらったのが始まりだそうだ。そんなこともあるんだなぁ。 ところでこの旅行会社には、ラムちゃんというヒツジがいた。置き物かと思ったら本物だった。ラムちゃんはオフィスの観葉植物の葉を無心で食べていた。 さて、一般家庭(いや一般オフィスか?)の朝ごはんに混ぜてもらっていると、昨日から同じ宿に泊まっているマッシュとアニエスが、通りからびっくりしたように手を振っていた。そりゃそうだよね、旅行会社で朝ごはん食べてるんだもの。二人が私のところにやってきて、「ここで朝食食べれるの?」と聞かれたので「いやぁ‥‥」と口ごもってしまった。なぜならご馳走になってるのは私だけだと思うから。イサさんとのり子さんは、隣でペンション兼レストランも経営しているのだ。「宿で食べなかったんだ?」と聞くと、食べなかったみたい。のり子さんがやってきたので尋ねてみると、一人4YTLで準備できるとのことだった。マッシュとアニエスはのり子さんのレストランで食べていくことにしたみたい。のり子さんが二人の朝食の準備に出かけた間、3人で出会えた記念に写真を撮ったりした。 ラムちゃん マッシュとアニエス 石灰棚 しばらくして、マッシュたちの朝食の準備ができたようなので、私は二人と別れて、先に石灰棚に向かった。チケットを買おうと売り場に行って、中にいたおじさんに挨拶すると、「日本人?まぁ中に入りなさいよ」と言われたので「いや、いいよ」と断ると、「なんでそんなに神経質なんだ!リラックスなさい!取って食おうってんじゃないんだから!」と言われ、半ば強制的にチケット売り場に座らせられた。たぶん早朝で誰も来ないので、暇だったのだろう。運が悪かった。結局しばらくチャイを飲みながらこのおじさんと語るハメになった。ガイドブックに「他人からもらったものは口にしないように」と注意書きがあるのだけど、2割くらい、どんなにがんばっても断れない場合がある。 「君は仏教徒だろ?いやフリーなのかな。日本人はフリーが多いから。私はイスラムで、他にもカトリックやプロテスタントの人がいるだろう?だけど私は宗教は問題じゃないと思うんだ。大切なのはLOVEだ。そうだろう?」 とおじさんの熱い話を、「はぁ、まぁね」と気のない返事をしながら聞いた。 私としては、マッシュとアニエスがここに来る前になんとしてでもここを抜け出したかった。こんなところを見られたら、『どこにでも居座る日本人』の地位が確定してしまう。 チャイを一気飲みすると、またつぎ足され、もういいと断ると、「私のために飲んでくれ!」とすがられる。 あげく「3時で仕事が終わるから、それからいろんなところを案内してあげよう。それからディナーに行こう。なぜ君と話をしたかったのか解らない。ここに日本人はたくさん来るんだけど、君はとてもかわいいから」ときたもんだ。 「もうトイレに行きたくなったから、行くわ」と言うと、 「じゃぁ100m先にあるから行っておいで。バッグはここに置いておいていいからね」と、解ってくれよ状態。 「私は石灰棚を見て回りたいし、その後も結構忙しくしてるから、ディナーなどには行けません。もう結構です!」 とはっきり言うと、 「そうか、君は私が嫌いなんだ。そうだろう?」 と、典型的なワガママ親父! 私が入場料を払おうとすると、3時に私が戻ってくるまで受け取らないと駄々をこねたので、 "I must pay now!" と言ってお金をたたきつけた。 トルコに入った初日以来、久しぶりに心底うっとうしいと思った。よりによって、入場口の係員がいちばんしつこいとは。 やっとの思いで石灰棚にたどり着けた。曇り空の中、靴を脱いで石灰に流れる水の中を歩いた。ところどころ温水で気持ちがいい。天気が良かったらもっと素敵な風景だっただろう。 曇り空の石灰棚 曇り空でもどこか青く見える自然科学の不思議 石灰棚をバックに♪ とりあえず、入ってみる♪ オタマジャクシ発見♪ ヒエラポリス 石灰棚を楽しんだ後は、紀元前2世紀末に築かれた「聖なる都市」、ヒエラポリスの遺跡を歩き回った。荒涼とした山の斜面に点在する遺跡は広いこと広いこと。その大きさ、重々しさに、過去の栄華への哀愁を感じるすばらしい場所だった。 3時間ほど遺跡を満喫した後、パムッカレ村に戻ることにした。でも、さっきの入り口からは帰りたくない。別の入り口に行って村に行けるかどうか尋ねると、2kmほどあってかなり遠いという。 「2kmくらい平気よ」と歩き去ろうとすると、今度はこっちのおじさんにも「あと10分ほどで私も村の方に行くから、車に乗っていきなさい」 と呼び止められた。なんでもこの辺りには、羊の番をする犬がいて、歩く人など滅多にいないから、襲われるかもしれないので危ないという。 犬かおじさんか‥‥。犬は大丈夫そうな気がしたけど、このおじさんの心配性に負けて、結局村まで送ってもらった。こっちのおじさんは普通の良い人だった。 静寂に包まれた、聖なる都市ヒエラポリス 2000年の時を超えて佇む大劇場 好きすぎて描いたスケッチ(透明水彩) ロカンタでランチ お腹が空いたので、村で何か食べられるところを探していると、ロカンタの笑顔がかわいいおじさんに声をかけられて、そこに入ることに。そういえばトルコに来て2週間近く経つのに、ちゃんとしたトルコ料理を食べていない。トルコの旅もあとわずかになってきたので、ちょっと贅沢してセットメニューを頼んだ。チョルバにエキメッキ、キョフテ、サラダ、それにチーズが入った揚げ春巻きみたいな「シガラ・ボレキ」から果物まで。どれもとても美味しい。ものすごく食べた。もう夜はいらない。 温かいチョルバと、サクサクのチーズ揚げ春巻き「シガラ・ボレキ」 トルコの王道ローカルフード、キョフテ(トルコ風ハンバーグ) ロカンタのぼうやと エルマン ランチの後、旅行代理店でインターネットをしていると、例の変な兄さん・エルマンがやってきた。彼はネットで音楽をストリーミングしながら、私に「どこで英語を勉強したの?」と聞いた。 「学校だよ」と答えると、 「えー、ウソー(日本語)」 と返ってきた。 「なんでウソーなのよ?」と 聞くと、 「日本人が学校で英語を勉強してるのは知ってるけど、ほとんどの日本人が喋れないだろ?」と耳に痛いことを言われた。 私の英語だって適当だし、大して上手くない。 「今日は話する時間ある?」と言うので、時計を見てから「今からならいいよ」と答えると、「何時間くれる?」と言う。 「2時間」「えー!」 「じゃぁ3時間!明日の出発の準備をしたいのよ」と言うと 「どんな荷物で来てるんだよ。10分で終わるだろ」と突っ込まれた。 はい、ごもっとも。 エルマンはパムッカレ村からバスで40分ほど行ったところにあるレッドスプリング(温泉)に私を連れて行ってくれようとしていたみたい。だけど雨は降り出すわ、バスは行ってしまうわで、結局時間内に戻れそうにないので、オフィスで話をすることになった。 道中「イサさんはパッパラパー、俺はクルクルパー。君は?」 と、笑わせてもらった。きっとのり子さんからそう言われてるんだろう。 「今朝石灰棚のチケットを買おうとしたら、売り場の人にディナーに誘われたんだよ、まったく‥‥」とぼやくと、 「えー、ウソー(口癖らしい)。君がビューティフルだからだろ?」 と返ってきたので 「そんなことないわよ」と適当に流した。 鏡見たことないのー?それか目が悪いんだ、などとうるさい。コレは、もはやそういうスタンスなんだと思うけど、慣れない私はやっぱり日本人だ。 オフィスに戻り、今度はやけに真面目な話をした。エルマンは第一印象こそだいぶ変だったけれど、実はとても思慮深く、頭の切れる人だった。経済、恋愛、人生観、家族――いろいろなことを話して、初めて等身大のトルコの青年を知ったような気がした。 何にせよコミュニケーションが一番大事だとエルマンは言う。良い付き合いができればその輪はどんどん広がって、仕事にもなるし、自分のためにもなる、と。 結婚については、両親が離婚したこともあって、とても戸惑いがあると言っていた。離れて暮らす両親のことをいつも心配していて、寝る前には必ず「父が元気に過ごしていますように」「母が心安らかでありますように」と祈るのだという。そんな話も、ときどき冗談を交えながら聞かせてくれた。 経済の話になり、私が「日本もあまり良くないよ」と言うと、トルコでは学校を卒業してもなかなか就職できず、仕事を得るために外国語を学び、海外の学校へ入り直さなければならないこともあるのだと、深刻な就職事情を聞かせてくれた。エルマンほど英語が堪能な人でも、観光客相手のアルバイトのような仕事しかないなんて。彼の専攻はコンピューターエンジニアリングだという。いずれ父親のいるフランスへ行き、その後、イギリスかアメリカの大学へ入り直すつもりらしい。 「君のことも話してよ」と言われたけれど、彼の話を聞いた後では、日本で暮らしている自分は何を話しても恵まれているような気がして、何も言えなくなった。 話し込んでいたので気がついた時には21:30。「わぁ!そろそろ戻るわ!」というと、エルマンはまじめな顔でこっちを見て、 「ボーイフレンドがいるのは知ってる。でも怒らないで聞いてよ」と言い出した。 ※当時の私は、旅先で聞かれたときには必ず「2年間付き合っている恋人がいる」と答えることにしていた。そのほうが安全だと思っていたからだ。 “I like you. Yes, really like you. You said not, but I think you are so beautiful and nice person. So, please send mail me with your smiling photo. Then
Greece–Turkey 40-Day Journey / Day 20 セルチュクから電車でデニズリへ 今日はセルチュクから電車でデニズリに向う。宿をチェックアウトすると、2日泊まって、1日目の夜においしい夕食までいただいて、18YTL(1440円)だった。良い宿だったなぁ。トルコは滞在費が安くすむのでとても助かる。でもトルコの旅もあとちょっとになってきた。昨日同じ宿に泊まっていた人の話では、パムッカレはあまり見所がないらしい。1泊で充分じゃないかという話だ。だったら早めにマルマリスに移動して、ギリシャに戻るフェリーをチェックしたほうが良いかもしれない。 電車は30分ちょっと遅れてやってきた。たぶんこれが普通なのだ。車内アナウンスはない。停車駅などもどこにも書かれていない。分かっているのは、この電車がデニズリを通るということだけ。 4時間30分くらいで着くらしいので、それまでパンを食べたり寝たりして過ごした。 セルチュクの駅前のパン屋さんは良かった。とても親切で聞くと説明してくれるし、いつもおまけしてくれる。今日はミートパイにしてみた。これもgood! アイランによく合う。トルコに来てから肌がとてもきれいになった。アイラン効果? 若く見られるのは肌の調子が良いからだろう。でも20歳とか22歳は言いすぎだと思う…。 オトガルに行って、エフェソス行きのバスに乗った。エフェソス遺跡(トルコ語ではエフェス)は町から3〜4kmのところにある。入場料が15YTL(1200円)と少し高めだけど、見ごたえのある遺跡だ。お菓子を買って来るんだった。 さて、そろそろデニズリのはずなのだが、と思って前の席の男の人に「ここ、デニズリ?」と聞くと「デニズリなの!?」と席から飛び上がられてしまった。 「いや、ごめん、解らないんだけど‥‥」と謝る。かわいい顔の青年で、雰囲気が俳優のキップ・パルデューに似ている。 でも身長は190cm以上ありそうだ。「僕らもデニズリに行くんだ。パムッカレに行くんでしょ?」と彼が聞くので、「うん、そう」と答えた。彼とその彼女と三人で「デニズリにはいつ着くんだろうねぇ…」と話をしていると、近くに座っていたトルコ人のおじさんが「次の駅だよ」と教えてくれて一安心。 パムッカレ村 まもなくデニズリ駅に着いた。待ち構えていた客引きやタクシーを振り払って3人でオトガルまで歩いて行き、そこからパムッカレ村行きのバスに乗った。この二人はフランス人で、彼はマッシュ、彼女はアニエスという。アニエスはとても小柄でかわいらしく、デニムのスカートにタイツなんて履いている。それに比べて私は、そろそろ男装も板についてきたような格好で、大違い(笑) 「宿はまだ決めてないんだ」というと、「一緒に探そうよ」と言ってくれた。見つけた宿は1泊15YTL。彼らはダブル、私はシングルで部屋を決めた。 パムッカレ村はセルチュクの宿で話に聞いていた通り何もない。長居するには少し退屈な村だ。ここの観光の目玉は石灰棚と温泉なのだけど、周辺の観光開発によって温泉水が使われすぎたため、石灰棚を守るために流す湯量が制限されているらしい。時間帯や場所によって意図的に水を止め、限られた温泉水を振り分けているのだそうだ。 観光客は、石灰棚の白とそこに流れる温泉の青がつくる幻想的な風景を楽しみにやって来るっていうのに、ちょっと残念。 石灰棚からパムッカレ村を望む。天気が良くなくて残念! パムッカレ村散策 今日は天気も悪いし、夕方だし、石灰棚には明日行くことにして、パムッカレ村を散策することにした。溝を覗いてみると、流れている水が白い。石灰が混じっているみたい。そして蟻が大きくていかつい。 それから、村の中にいくつかあるロカンタ(食堂)の前を通ると、ガイドブックで有名なムスタファさんのロカンタの人に声をかけられたので、ちょっと早めの夕食にすることにして、お腹に軽そうなチョルバ(スープ)を注文した。トマトベースのスープで中にライスとチキンが入っている。これにエキメッキというトルコパンが付いていて、スープにつけて食べるととてもおいしい。チャイまで付いて2.5YTL(200円)。 それからネットカフェがあったので、「明日使いたいんだけど、1時間いくら?」と中にいたおじさんに聞くと、店の中を見せてくれて「日本語もOKだよ。1時間は3YTLだ」とのこと。イスタンブールより高いけど、仕方ないか。 そのおじさんが「ここの次はどこに行くの?」と聞くので、「マルマリス」と答えたら、「わぉ!おじさん、マルマリス行きのバスの手配もできるよ!」と、旅行代理店もやっているそうだ。 何でも屋なのか、この人は。 バスの値段だけ聞こうと思って、そのおじさんのオフィスを尋ねると、ジャージを着た兄さんがいた。 「あ、君!さっき会ったよね!」 と手を差し出されたので 「そうだっけ?」 と言って握手をした。 「日本人? オーレー、オーレー、マツケンサンバーー」 と歌いながら踊りだしたのでびっくり。 「なんでそんなのを知ってるの!?」 と聞くと、 「実は日本人だからね。いやいやジョークだよ。日本には2回行ったんだ。夢の中でね」 などと、一瞬引いてしまうような、妙なテンションの人だ。 でも悪い人ではないみたい。仕事の話はとてもまじめだった。デニズリ→マルマリスのチケットも、ガイドブックと同じ金額にしてくれたし、マルマリスからロドスへ行く船も調べてくれた。なんとロドス行きは毎日あるそうだ。 ホームページの情報と違う。船の運行会社さん、お願いだからホームページ更新してよ!せっかくなので、ロドス行きの船も予約してもらった。値段は40€(5,600円)と高いけど、出国税なども含まれるので仕方ない。 なんとも予想外に今日の内に先の予定がだいぶ立ってしまった。まぁ良かったのかも。 側溝を流れる水も白い 凶悪そうなアリ 見頃を迎えたハリエンジュ チョルバとエキメッキ Location ■パムッカレPamukkaleAtatürk, Efes Harabeleri, 35920 Selçuk/İzmir,Turkey
Greece–Turkey 40-Day Journey / Day 19 エフェソス遺跡へ 今日は土曜日なので、宿の前の道にバザールが出た。すごい賑わい!道が全部テントで埋め尽くされている。 朝、パン屋でチーズパイを買ったら、パン屋のおじちゃんがクッキーを2つおまけに付けてくれた。チーズパイはとてもおいしい。明日も買ってから電車に乗ろう。 オトガルに行って、エフェソス行きのバスに乗った。エフェソス遺跡(トルコ語ではエフェス)は町から3〜4kmのところにある。入場料が15YTL(1200円)と少し高めだけど、見ごたえのある遺跡だ。お菓子を買って来るんだった。 エフェソス遺跡は広い。じっくり見て回ると軽く3時間はかかりそうな広さだ。北の入り口から少し行ったところにある大劇場は、これまで見た劇場の中で一番大きかった。かつてローマ時代には、剣闘士と猛獣の闘いがここで行われていたのだそう。剣闘士たちが歩いただろう舞台へ向かう通路を、剣闘士風に颯爽と歩いてみた。 それから、マーブル通りを歩きまわって、この通りの何処かに掘られているという古代の娼館の広告と言われているものを探したけど、見つけられなかった。あんなに探したのになぁ。その広告元の娼館は、壮麗なセルスス図書館の向かい側にある。いったいどんな造りの街だ。 まるでRPGの世界。気分は剣闘士。 剣闘士が戦った円形の舞台空間 2万5千人を飲み込んだ古代の巨大スタジアム どこを切り取っても絵になる完璧な古代建築 見どころ満載すぎる遺跡 図書館は本当に見事。正面ファサードの1階部分には、左から「知恵」のソフィア、「美徳」のアレテー、「思慮」のエンノイア、「知識」のエピステーメーを象徴する4体の女性像が並んでいた。クレテス通りのモザイク画は今でも色が鮮明で美しい。アヒルのモザイク画があった。公衆トイレは敷居がない。並んで話しでもしながら用を足すのだろうか‥‥。それもすごい。せっかくなので座ってみた。 ハドリアヌス神殿は装飾が見事。ツアー客を連れたガイドさんの話を横でこっそり聞いたところ、エフェソスの伝説などが彫られているらしい。 とにかく見どころの多い遺跡で、一通り見て回った後は、少し消化不良気味になったので、反すうしながら、セルチュクまで歩いて帰ることにした。途中何台も車が止まって「乗っていきなよ」と言われるんだけど、全部断った。好意かもしれないけど、乗れるわけがない。 古代の公衆トイレ。とりあえず座ってみる。 緑に埋もれる大理石の遺構がロマンすぎる。 足元注意!古代ローマの職人技が凄すぎる! 水鳥のモザイクにキュン。 エフェソス名物「遺跡猫」 バザールからのアルテミス神殿 40分ほど歩いて、セルチュクの町に帰ってきた。バザールの近くで子供たちが食べていたサンドがおいしそうだったので、1つ買ってみた。1.5YTL(120円)でボリュームたっぷり!店の前の椅子に座って食べていると、男の子が声をかけてきて、アイランを買ってくれた。一緒の席に座って話をすると、22歳の学生さんなんだとか。とてもキュートな男の子だ。「なんでそんなにかわいい笑い方するの?」と褒め称えられた。食べた後にバザールを見て回るつもりだと言うと、いろいろ説明してくれるという。彼の妹も出展していて、紹介してもらった。かわいい女の子で、ヘアアクセサリーを売っていた。 バザールを抜けたところで、彼がアルテミス神殿とイーサーベイ・ジャミィに連れて行ってくれると言うので、案内してもらった。かつて世界の七不思議の一つに数えられたアルテミス神殿は、今は柱が一本残っているだけの寂しい場所になっている。柱の周りには池があり、カモやアヒルなどの水鳥と亀をたくさん見かけた。 お昼ごはんのサンドイッチ 世界の七不思議・アルテミス神殿跡。かつての栄華を伝える唯一の石柱 アルテミス神殿跡の湿地にはカモ?アヒル?がたくさんいる リクガメもいる!かわいい! イーサーベイ・ジャミィ アルテミス神殿を横切り、イーサーベイ・ジャミィに行こうとしたら、鉄線が張られた塀にぶち当たり、乗り越えなきゃならなくなった。カメラが入ったバッグが重かろうが、最近運動量が増えて逞しくなっている私は、簡単に塀を乗り越えてしまい、手を貸そうとしていた彼に感心された。 イーサーベイ・ジャミィは、セルチュクに入って唯一訪れたジャミィ。イスタンブールのジャミィのような華やかさはなくとも、中庭の木に感動した。それは、J.R.R.トールキンの『指輪物語』を読んだ時に頭の中に描いていたゴンドールの『白の木』そのものだった。偶然…いや必然の出会い? ところで、どうやらこの男の子から本気で恋をされてしまったらしい。一緒に歩いていると肩に手を回そうとするので、「ヨーロッパ人ってみんなそうするよね。でも日本人はあんまりしないのよ。だからやめてね」と注意したら苦笑いしていた。ガチ恋に思わせぶりな態度を取るのは、自分ポリシーに反するので、そろそろバザールに戻ることにした。 バザールでイチゴを1kgを1.5YTL(120円)で買った。ずっしりと重い。そろそろ夕方になってきたので、さっきの彼にさよならを言うと、バイト先の店でご馳走したいとか、なんとか言ってたけど「あぁ、ごめんなさいね、今日はホテルのママが私のために食事を準備してくれるのよ(それは昨日の話)」などと言って、断った。この子、大丈夫だろうか。こんなに簡単に一目惚れして、いつか悪い女に騙されやしないかと心配してしまう。 晩ご飯はさっき買ったイチゴ。甘いんだけど、日本のイチゴより野菜っぽくて歯ごたえがある。あきらかに1kgは食べ過ぎ。相当お腹にたまった。 イーサーベイ・ジャミィの中庭にある木は、『指輪物語』のゴンドールの『白の木』みたい! イチゴを1kg食らう Location ■エフェソス遺跡EphesusAtatürk, Efes Harabeleri, 35920 Selçuk/İzmir,Turkey
Greece–Turkey 40-Day Journey / Day 18 セルチュク到着 夜行バスで14時間。途中立ち寄ったバスステーションでパンとアイランを買って食べながら、朝9時に、エフェス遺跡観光の起点となる町、セルチュクに着いた。 昨日のバスは、座席がちょうどタイヤの上で、揺れに揺れて寝るどころじゃなかった。でもまぁ、バスでの長距離移動もこれが最後だ。 セルチュクのオトガルに着くと、宿やバス会社の客引きが待ち構えていた。 「もう決めてるから」 と言うと、だいたいかわせる。 今日は昨日のトレッキングと移動の疲れが残っているので、エフェス遺跡には行かず、この町の中にある聖ヨハネ教会を訪れることにした。 セルチュクでの宿は、ガイドブックに載っていた宿を訪ねようと思っていたので、オトガルからまっすぐそこに向かった。日本のガイドブックに載っている宿なんて、日本人宿泊客が多いに決まっているので、あまり選びたくないけど、安さに負けた。 宿はすぐに見つかって、入口から声をかけると、可愛いおばあちゃんが出てきて、部屋に案内してくれた。この宿、1泊4US$! 今までで最安。せっかくなので、別料金の夕食もお願いすることにした。バス・トイレは共同だけど、お湯が出るから問題ない。 荷物を部屋に置いて、まずシャワーと洗濯。砂まみれになっていたので、髪がなかなか泡立たなかった。 朝ごはんのパン アイラン大好き セルチュクの鉄道駅へ スッキリしてから、今度はセルチュクの鉄道駅に向かった。明後日、パムッカレに向かうつもりなのだけど、バスより電車が安いので、セルチュク駅に行って時間などを調べておこうと思ったのだ。 途中、市街地にビザンツ時代の巨大な水道橋の跡、さらにその柱の上にコウノトリが巣を作っていてびっくりした。 後から調べると、セルチュクは「コウノトリの街」としても非常に有名なのだとか。セルチュクの春から夏にかけての風物詩なのだそう。 駅に着いて、きょろきょろと辺りを見渡していると、英語を話すおじさんが話しかけてきたので、デニズリへ向かう電車について尋ねた。毎日10:30に出ているとのことで、確認完了。時間帯もばっちりだ。 ビザンツ時代の巨大な水道橋の跡 セルチュク春の名物コウノトリ 聖ヨハネ教会 それからPTT(郵便局)に行って両替をしようと思ったけど、ここではやってもらえず、銀行に行った。綺麗なお姉さんがきっちり1万円分をトルコリラに替えてくれて、コミッションなしだった。なんて親切! 両替を済ませて、お土産屋が並ぶ、いかにもツーリスティックな通りを歩いていると、店の中から日本人女性が飛んできて、「店に寄って行きなさいよ」と言う。 現地日本人ほど厄介なものはないと思っている私は(偏見です)、適当に笑顔でかわして、そのまま通り過ぎた。 お土産通りを通り抜け、聖ヨハネ教会に到着。教会の周りには、ジプシー風の人たちが座り込んでいた。 聖ヨハネ教会は想像以上にすばらしかった。『見られるのは壁、円柱、床のモザイク画だけ』などとガイドブックに書いてあったけど、見ごたえ充分。地面には色とりどりの花が咲き、ちょっと「ラピュタ」みたい。 伝承では、使徒ヨハネはこの地で晩年を過ごしたとされ、聖母マリアもエフェソス近郊で暮らしたと伝えられている。白い大理石の一角は、ヨハネの墓所になっている。欧米人の旅行者はまずここを訪れるのだという。キリスト教のリアル聖地巡礼なんだね。 マリア様はこの道を歩いたのだろうか。この石や柱は、それを知っているのだろうか。 そんなことを考えながら遺跡に座っていると、草むらに動くものが。 蛇かと思ってのぞいてみると、なんとリクガメだった。持ち上げてみたら、結構重かった。 聖ヨハネ教会 大聖堂跡 聖ヨハネ教会とアーチの中ににアヤスルク城 聖ヨハネ教会の心臓部の一つ、6世紀の洗礼堂跡 聖ヨハネ教会の聖水盤 カメがいた なぜか小学校視察 聖ヨハネ教会を後にして、インターネットカフェを探して歩いた。 大きな学校の前で地図を見ながらきょろきょろしていると、ネクタイをした学者さん風の男の人に「何かお困りですか?」と英語で聞かれたので、ネットカフェの場所を尋ねてみた。 するとその人は、私の手のひらにペンでぐりぐりと店の名前を書いて、場所を教えてくれた。 「僕はここの先生なんです」 と学校を指す。 なるほど、学者さんっぽいし、すぐにペンが出てくるわけだ。 すると、 「トルコの学校を見たことはありますか? よかったら見て行きませんか?」 と誘われたので、面白そうだと思って見学させてもらうことにした。ツアーじゃ絶対行かないよね(笑)。 結構大きな学校で、700人の生徒を25人の先生が見ているそうだ。休み時間だったので、校庭で遊んでいた子どもたちに囲まれた。 職員室で先生たちとちょっと話して、学校の授業風景なども見学。別館に幼稚園があり、大きいほうの建物は、小中学校が一緒になっている様子だった。 案内してくれた先生に男の子が近づいてくると、先生はその子の肩に手を乗せて、 「僕の生徒です。とても賢い子なんですよ」 と自慢げに微笑んだ。 良い先生だなぁ。 そろそろお暇すると言うと、先生は私に電話番号を書いて渡した。 「明日、よければ電話をください。エフェス以外の見どころは少し遠いので、よろしければご案内しますから」 と言われ、あまりの親切さにびっくりして、 「いやいや、そこまでは……」 と恐縮してしまった。 トルコ人って、どうしてこんなに世話好きなんだろう。 セルチュクの町 『日本語使えます』の痕跡を残す ネットカフェに行き、ブログを更新して帰ろうとすると、店のおじさんに、 「日本語で、『日本語使えます』って書いてくれない?」 と頼まれたので、書いてあげるとチャイをご馳走してくれた。 それから宿に戻って夕食。今日は宿のママに、トルコの家庭料理を4US$でお願いしている。他の宿泊客の日本人2人と一緒に食事をした。 ボリュームたっぷりで、とてもおいしい夕食だった。宿のママも家族の人たちも、みんなとても良い人たちだ。 Location ■聖ヨハネ教会St. Jean ChurchAtatürk Mh., St. Jean Cd. No:3, 35920 Selçuk/İzmir,Turkey
Greece–Turkey 40-Day Journey / Day 17 現地ツアーに初挑戦 今日は19:30の夜行バスに乗って、エフェス遺跡の起点となる町、セルチュクに向かう。夜まで時間があるので、昨日の夜、宿でカッパドキアの1日ツアーを申し込んでおいた。戻ってくるまでバックパックは預かってくれるとのこと。 カッパドキアは見どころが郊外に点在しているので、なかなか個人では見て回りにくい。ツアーの料金もそれほど高くないので、時間のない人にはおすすめだと思う。私の場合は時間つぶしだけど。 9:30 — バスが宿の前まで迎えに来てくれて、他のツアー参加者を拾って回った。日本人が結構いる。ロンドンから来た日本人カップルと仲良くなった。 まず、ギョレメパノラマ(昨日も行った)に向かった。 視界いっぱいに広がる、ギョレメ・パノラマの絶景 だんだん強そうな顔になってきた… カイマクルの地下都市 それからバスで25分ほど離れたところにある、カイマクルの地下都市へ向かった。 何のためにこんな広い地下都市が……という規模。そして寒い。 その昔、この地下の街で2万人が暮らしていたそうだ。現地ガイドのお兄さんから「地下1階は動物小屋です。なぜって、牛やブタは階段の上り下りが得意じゃないからです」と説明を受けて納得。地下には学校やプール、教会、ワイナリーなどもある。敵の侵入を防ぐための石の扉なども設けられている。 地下都市自体の歴史は古く、紀元前400年頃から記録に残っているそうだ。他の地下都市とも地下でつながっていたと、ガイドのお兄さんが話していた。 ウフララ渓谷(イフララ渓谷) その後、バスで1時間かけてウフララ渓谷に向かった 谷には川が流れ、木が茂っていて、思わず「わぁ」と声が漏れるほどの絶景。崖には、くり抜いたような暗い窓が見られた。住居や教会、礼拝所の跡らしい。 ロンドンから来た日本人カップルと「結構本格的なトレッキングコースだよね」と話をした。岩を登ったり、小川を飛び越えたり、お散歩コースのレベルではない。スニーカーじゃなかったら絶対無理だ。 二人は2年半のイギリス滞在を終え、間もなく日本に戻ろうとしていて、その前にヨーロッパを強行旅行して回っているらしい。 「今日は夜行バス移動でお風呂に入れないから、あんまり汗かきたくないんだけどな……」 と私がぼやくと、 「私は3日間入らなかったよ」 と励ましてくれた。 ウフララ渓谷を3kmほどトレッキングした後、川沿いのレストランでランチ。久しぶりにちゃんとしたご飯を食べた。料理は牛と豚と鶏と魚から選べたので魚にした。サラダやパンなども付いていて、お腹いっぱい。 ウフララ渓谷の息を呑む断崖絶壁 結構本気なトレッキング メレンディズ川沿いにまっすぐ伸びるポプラの木 羊ときどきヤギの群れ発見!放牧中? ウフララ渓谷の源流・メレンディズ川 スター・ウォーズ→ゼルヴェ野外博物館→キャラバンサライ→キノコ岩 それからガイドのお兄さんが、スター・ウォーズのセットに連れて行くと言い、それらしきところでバスが停まった。 「スター・ウォーズのロケ地はチュニジアじゃなかったっけ?」 と、景色を見ながらガイドのお兄さんにこっそりと聞くと、 「スター・ウォーズみたいなところだよ。それっぽいでしょ?」 とニヤリとした。 あぁ、なんちゃってスター・ウォーズか……。 名古屋から来た日本人の男性4人組が、スター・ウォーズっぽい格好をして写真を撮っているのが気の毒で仕方ない。 「ここってエピソード何ですか~?」 などと叫んでいる。 だから、違うんだよ……。 その後、ゼルヴェ野外博物館に行ったのだけど、風が強くて砂まみれに。ハードレンズじゃ目も開けられない。服もバッグも砂臭いし、とてもじゃないけどカメラは出せなかった。口の中までジャリジャリする。 でも今日はお風呂に入れない。 それから、中央アナトリアが交易路として栄えた時代、シルクロード上に一定の間隔で置かれていた、かつての隊商宿・キャラバンサライへ。 天井がとても高い。ラクダをつなぐ場所や、食堂、礼拝堂、ハマムなどがあった。 アヴァノスに移動して、焼き物作りを見学。昔から続く焼き物は、素朴で味わいがある。色を付けたものはとてもカラフルで綺麗だ。でも荷物が増やせないので買えない。 それからパシャバー地区でキノコ岩を見て、ツアー終了。ギョレメ村に戻ってきた。 スター・ウォーズっぽいウフララ渓谷の終点にあるヤプラックヒサール村 13世紀の隊商宿(キャラバンサライ)の正門 キノコ岩(妖精の煙突)がずらりと並ぶ絶景 クルミの木、また会う日まで… 19時のバスに備えて、宿に戻って預かってもらっていた荷物を引き取りに行くと、お茶でも飲んでいけと、エルマチャイをご馳走になった。本当に良い宿だった。またカッパドキアに来るときは、この宿をもう一度訪れたい。 オトガルでバスを待っていると、さっきのツアーで一緒だったカップルと、昨日ギョレメ野外博物館で会った、怪しい服装のシリアから来た日本人男性にまた会った。 カップルはパムッカレへ、シリアの彼はイスタンブールへ行くそうだ。 なんだかまた荷物を増やしていた。 絨毯屋でビジネスの話になり、格安でノートパソコンを買ったのだそう。持ってきた服は全部身体に巻き付けて、代わりに折り畳み自転車とパソコンを背負っている。 なんというか、ものすごい。 カッパドキアでは何人かの日本人に出会ったので、いろんな旅の情報を交換して、知識がちょっとだけ増えた。 Location ■ウォルナット ハウスWalnut HouseOrta Mahalle, Karşı Bucak Cd. No:10, 50180 Göreme/Nevşehir Merkez/Nevşehir,Turkey