おかしな展開
昨日の夜は、嵐のように風が吹き荒れていて、天気を心配したけど、朝起きてみると、曇ってはいるけど外に出られなくはない天気だった。快晴の青空の下でパムッカレの白い石灰棚を見たかったけど、お天気ばかりはしかたがない。
8:30 — 朝ごはんを調達しに外に出ると、昨日の旅行代理店の店長・イサさんにばったり会った。「おーー!俺のシスターじゃないか」と肩を組まれ、そのままオフィスに連行されて「まぁ茶ぁでも飲んでいきなさい」ということになったので、コーヒーを一杯頂くかと思っていると、奥様ののり子さん(日本人)と、昨日チケットを手配してくれた兄さん・エルマンがやってきて、朝食に混ぜてもらうことになった。思いがけずタダメシ!
のり子さんは2年前にイサさんと結婚したのだという。学生時代にトルコを旅行したときに、イサさんにチケットを手配してもらったのが始まりだそうだ。そんなこともあるんだなぁ。
ところでこの旅行会社には、ラムちゃんというヒツジがいた。置き物かと思ったら本物だった。ラムちゃんはオフィスの観葉植物の葉を無心で食べていた。
さて、一般家庭(いや一般オフィスか?)の朝ごはんに混ぜてもらっていると、昨日から同じ宿に泊まっているマッシュとアニエスが、通りからびっくりしたように手を振っていた。そりゃそうだよね、旅行会社で朝ごはん食べてるんだもの。二人が私のところにやってきて、「ここで朝食食べれるの?」と聞かれたので「いやぁ‥‥」と口ごもってしまった。なぜならご馳走になってるのは私だけだと思うから。イサさんとのり子さんは、隣でペンション兼レストランも経営しているのだ。「宿で食べなかったんだ?」と聞くと、食べなかったみたい。のり子さんがやってきたので尋ねてみると、一人4YTLで準備できるとのことだった。マッシュとアニエスはのり子さんのレストランで食べていくことにしたみたい。のり子さんが二人の朝食の準備に出かけた間、3人で出会えた記念に写真を撮ったりした。


石灰棚
しばらくして、マッシュたちの朝食の準備ができたようなので、私は二人と別れて、先に石灰棚に向かった。チケットを買おうと売り場に行って、中にいたおじさんに挨拶すると、「日本人?まぁ中に入りなさいよ」と言われたので「いや、いいよ」と断ると、「なんでそんなに神経質なんだ!リラックスなさい!取って食おうってんじゃないんだから!」と言われ、半ば強制的にチケット売り場に座らせられた。たぶん早朝で誰も来ないので、暇だったのだろう。運が悪かった。結局しばらくチャイを飲みながらこのおじさんと語るハメになった。ガイドブックに「他人からもらったものは口にしないように」と注意書きがあるのだけど、2割くらい、どんなにがんばっても断れない場合がある。
「君は仏教徒だろ?いやフリーなのかな。日本人はフリーが多いから。私はイスラムで、他にもカトリックやプロテスタントの人がいるだろう?だけど私は宗教は問題じゃないと思うんだ。大切なのはLOVEだ。そうだろう?」
とおじさんの熱い話を、「はぁ、まぁね」と気のない返事をしながら聞いた。
私としては、マッシュとアニエスがここに来る前になんとしてでもここを抜け出したかった。こんなところを見られたら、『どこにでも居座る日本人』の地位が確定してしまう。
チャイを一気飲みすると、またつぎ足され、もういいと断ると、「私のために飲んでくれ!」とすがられる。
あげく「3時で仕事が終わるから、それからいろんなところを案内してあげよう。それからディナーに行こう。なぜ君と話をしたかったのか解らない。ここに日本人はたくさん来るんだけど、君はとてもかわいいから」ときたもんだ。
「もうトイレに行きたくなったから、行くわ」と言うと、
「じゃぁ100m先にあるから行っておいで。バッグはここに置いておいていいからね」と、解ってくれよ状態。
「私は石灰棚を見て回りたいし、その後も結構忙しくしてるから、ディナーなどには行けません。もう結構です!」
とはっきり言うと、
「そうか、君は私が嫌いなんだ。そうだろう?」
と、典型的なワガママ親父!
私が入場料を払おうとすると、3時に私が戻ってくるまで受け取らないと駄々をこねたので、
“I must pay now!”
と言ってお金をたたきつけた。
トルコに入った初日以来、久しぶりに心底うっとうしいと思った。よりによって、入場口の係員がいちばんしつこいとは。
やっとの思いで石灰棚にたどり着けた。曇り空の中、靴を脱いで石灰に流れる水の中を歩いた。ところどころ温水で気持ちがいい。天気が良かったらもっと素敵な風景だっただろう。





ヒエラポリス
石灰棚を楽しんだ後は、紀元前2世紀末に築かれた「聖なる都市」、ヒエラポリスの遺跡を歩き回った。荒涼とした山の斜面に点在する遺跡は広いこと広いこと。その大きさ、重々しさに、過去の栄華への哀愁を感じるすばらしい場所だった。
3時間ほど遺跡を満喫した後、パムッカレ村に戻ることにした。でも、さっきの入り口からは帰りたくない。別の入り口に行って村に行けるかどうか尋ねると、2kmほどあってかなり遠いという。
「2kmくらい平気よ」と歩き去ろうとすると、今度はこっちのおじさんにも「あと10分ほどで私も村の方に行くから、車に乗っていきなさい」
と呼び止められた。なんでもこの辺りには、羊の番をする犬がいて、歩く人など滅多にいないから、襲われるかもしれないので危ないという。
犬かおじさんか‥‥。犬は大丈夫そうな気がしたけど、このおじさんの心配性に負けて、結局村まで送ってもらった。こっちのおじさんは普通の良い人だった。



ロカンタでランチ
お腹が空いたので、村で何か食べられるところを探していると、ロカンタの笑顔がかわいいおじさんに声をかけられて、そこに入ることに。そういえばトルコに来て2週間近く経つのに、ちゃんとしたトルコ料理を食べていない。トルコの旅もあとわずかになってきたので、ちょっと贅沢してセットメニューを頼んだ。チョルバにエキメッキ、キョフテ、サラダ、それにチーズが入った揚げ春巻きみたいな「シガラ・ボレキ」から果物まで。どれもとても美味しい。ものすごく食べた。もう夜はいらない。



エルマン
ランチの後、旅行代理店でインターネットをしていると、例の変な兄さん・エルマンがやってきた。彼はネットで音楽をストリーミングしながら、私に「どこで英語を勉強したの?」と聞いた。
「学校だよ」と答えると、
「えー、ウソー(日本語)」
と返ってきた。
「なんでウソーなのよ?」と
聞くと、
「日本人が学校で英語を勉強してるのは知ってるけど、ほとんどの日本人が喋れないだろ?」と耳に痛いことを言われた。
私の英語だって適当だし、大して上手くない。
「今日は話する時間ある?」と言うので、時計を見てから「今からならいいよ」と答えると、「何時間くれる?」と言う。
「2時間」
「えー!」
「じゃぁ3時間!明日の出発の準備をしたいのよ」と言うと
「どんな荷物で来てるんだよ。10分で終わるだろ」と突っ込まれた。
はい、ごもっとも。
エルマンはパムッカレ村からバスで40分ほど行ったところにあるレッドスプリング(温泉)に私を連れて行ってくれようとしていたみたい。
だけど雨は降り出すわ、バスは行ってしまうわで、結局時間内に戻れそうにないので、オフィスで話をすることになった。
道中「イサさんはパッパラパー、俺はクルクルパー。君は?」
と、笑わせてもらった。きっとのり子さんからそう言われてるんだろう。
「今朝石灰棚のチケットを買おうとしたら、売り場の人にディナーに誘われたんだよ、まったく‥‥」とぼやくと、
「えー、ウソー(口癖らしい)。君がビューティフルだからだろ?」
と返ってきたので
「そんなことないわよ」と適当に流した。
鏡見たことないのー?それか目が悪いんだ、などとうるさい。コレは、もはやそういうスタンスなんだと思うけど、慣れない私はやっぱり日本人だ。
オフィスに戻り、今度はやけに真面目な話をした。エルマンは第一印象こそだいぶ変だったけれど、実はとても思慮深く、頭の切れる人だった。経済、恋愛、人生観、家族――いろいろなことを話して、初めて等身大のトルコの青年を知ったような気がした。
何にせよコミュニケーションが一番大事だとエルマンは言う。良い付き合いができればその輪はどんどん広がって、仕事にもなるし、自分のためにもなる、と。
結婚については、両親が離婚したこともあって、とても戸惑いがあると言っていた。離れて暮らす両親のことをいつも心配していて、寝る前には必ず「父が元気に過ごしていますように」「母が心安らかでありますように」と祈るのだという。そんな話も、ときどき冗談を交えながら聞かせてくれた。
経済の話になり、私が「日本もあまり良くないよ」と言うと、トルコでは学校を卒業してもなかなか就職できず、仕事を得るために外国語を学び、海外の学校へ入り直さなければならないこともあるのだと、深刻な就職事情を聞かせてくれた。エルマンほど英語が堪能な人でも、観光客相手のアルバイトのような仕事しかないなんて。彼の専攻はコンピューターエンジニアリングだという。いずれ父親のいるフランスへ行き、その後、イギリスかアメリカの大学へ入り直すつもりらしい。
「君のことも話してよ」と言われたけれど、彼の話を聞いた後では、日本で暮らしている自分は何を話しても恵まれているような気がして、何も言えなくなった。
話し込んでいたので気がついた時には21:30。「わぁ!そろそろ戻るわ!」というと、エルマンはまじめな顔でこっちを見て、
「ボーイフレンドがいるのは知ってる。でも怒らないで聞いてよ」と言い出した。
※当時の私は、旅先で聞かれたときには必ず「2年間付き合っている恋人がいる」と答えることにしていた。そのほうが安全だと思っていたからだ。
“I like you. Yes, really like you. You said not, but I think you are so beautiful and nice person. So, please send mail me with your smiling photo. Then I’m very happy.”
“…and do you love your boyfriend?”
‥‥なんでそうなるんですか、兄さん!?
エルマンには悪いけど、ここは演じきるしかない。結婚したいと思っている、などと言った。まったく自分が極悪人の気分だ。居心地が悪くなって、“I should be going now“と言うと、
エルマンは「また明日ね」と言った。それから、
「最後にひとつだけ質問。たぶん答えられないと思うから、答えなくていいけど」と言い、
じーーっと私を見つめてから、
「何でそんなに綺麗なの?」
「知るか!」
「そりゃナイスな答えだね」
‥‥‥朝から晩まで精神的に疲れた1日だった。
初めて会ったときから、「笑い方が太陽みたいだよね」と言っていたエルマン。そういえば、笑顔を褒められたのは学生時代以来だ。好きなことに夢中になっているとき、人は誰でも普段より少し良い顔をしているのかもしれない。そして、そういうときには不思議と良い出会いがある。
当時の私に国際恋愛は荷が重すぎたし、そもそも旅先で恋愛をするつもりなど、これっぽっちもなかったのだけれど。
それにしても、朝のチケット売り場のおじさんといい、夜のエルマンといい、トルコの男性陣の口説き方は強烈だった。親切な人も、しつこい人もいる。一人で旅をする女性は、曖昧に笑ってかわすだけでは伝わらないこともあるので、断るときにはどうぞきっぱりと。

Location
■ヒエラポリスHierapolis
Pamukkale, 20260 Pamukkale/Denizli, Türkiye

